わがリファレンス・システム(アナログ編-その6 フォノイコとクリーナー)2014/02/01 16:31

プリアンプのパイオニアC-AX10が修理から戻ってこなくなっちゃってから、いろいろなフォノイコライザーを借り出して試聴しました。中でも際立って印象に残ったのは四十七研究所の「Phono Cubeモデル4712でした。電源部の「Power Humptyモデル4700を別個用意しなければならないので、セットでは30万円を超えてしまう"高級機"ではありますが、もうこれは圧倒的に47研の木村準二代表が発想される独自世界そのものです。

Model4712+4700

四十七研究所 PhonoCube  Model4712 ¥156,000(税抜き、写真右)
四十七研究所 PowerHumpty Model4700 ¥142,000(税抜き、写真左)

(※写真はウェブ上の画像をこちらで合成したため、2モデルの大きさが本来とは違っています)

本機はMC専用のフォノイコで、負荷インピーダンスは何と! カートリッジの内部抵抗をインピーダンスとして取り込み、「電流増幅回路」を採用したフォノイコです。OFCのパターンを持つベークの基板(同社では「ガラエポよりテフロンより音が良い!」と実証済みとか)に最小限のパーツを組み付け、1辺9cmの立方体に近い超小型の筐体内を立体配線が駆け巡る、という作りで実現された世界最短のシグナルパスが信号の鮮度を保持しながらノイズの混入を防ぐという、ある意味でもっともオーソドックスな、そして理想主義的な製品です。

音質はもう何といったらいいのかな、まさに「そこへ音楽がただ存在している」としか言いようのない生々しさと、ライブステージに飛び散る汗やバラード・シンガーの吐息の温かみまでが伝わってくる臨場感が特徴です。あれはある種の異次元体験といっても過言じゃありません。本当に面白いフォノイコでした。

残念ながらわが家ではMMも鳴らさなきゃいけないし、第一そんな金額は用意できませんから導入は断念せざるを得ませんでしたが、いや、一度は体験しておきたい音ですよ、あれ。

そんなわが家が今リファレンスとして使っているのは、何たることか僅か2万5,000円のフォノイコです。オーディオテクニカAT-PEQ20。いやね、これがデビューした際にとある取材でいろいろな使いこなしにチャレンジしたことがありまして、その時に「おや、価格の割に結構しっかりした音だな」と思っていたんですよ。その取材で使った個体はそのまま貸与してくれていて、部屋の隅でアクビをしていました。

AT-PEQ20

オーディオテクニカ AT-PEQ20 ¥25,000(税抜き)

取材当時は全くの新品で、一応のエージングをこなしてから試聴には入りましたがそれでも数日程度のものでした。その時点では切れ味は結構鋭く、特にAT33PTGやAT150MLXなど同社製のカートリッジを組み合わせるとそれぞれ非常に上手く持ち味を発揮するのが印象的でした。その一方、例えばデノンDL-103のようなごく一般的なカートリッジでも、他社製品をつなぐとどういうわけか今ひとつ音がしっくりこず、「不思議なフォノイコだなぁ」と感じていたものです。

C-AX10が手元からなくなってしまい、そのままではアナログの試聴がままならないものですから、いろいろなメーカーに連絡をして貸し出し機を手配してもらいました。でも、そう長く借りているわけにはいきませんし、途切れ目なく各社の製品を借り続けるのも難しいものです。

というわけで、ほんのつなぎにという程度のつもりでAT-PEQ20を使い始めたんですが、このフォノイコがまた使えば使うほどどんどん音がこなれてくるんですね。レンジは上下端とも全く不満のないレベルで伸び、広大なホールの空気感や残響の消え際などを実に繊細なタッチで描き出します。そうかと思えばパーカッションの炸裂やコントラバスのトゥッティといった豪壮雄大な音も平然と鳴らすので驚きます。

昨年の暮れ近くに遊びにきた友人が伝説の名盤「フラメンコ・フィーバー」を持参してくれたのですが、実のところそれを鳴らして一番驚いたのは私でした。カートリッジはビクターMC-L10を使っていましたからほぼ万全ですが、このフォノイコであの難物が朗々と鳴り渡ってしまったのです。「何かこれ、間違っていないか?」と思わずにいられなかったくらい、衝撃的な音でした。

そうそう、いつの間にやら他社カートリッジ接続時の違和感もきれいさっぱり解消していたのですね。モスビンさんご製作のシェルリードで特別チューンされたMC-L10がその実力を遺憾なく発揮していましたから。

ただしこのフォノイコ、もちろん万能ではありません。高級機で味わうことのできる音楽の薫り高さ、脂っこさ、余裕といったようなものはあまりなく、どちらかというとややそっけない傾向の音です。

また、私がたまたま手にしたこの個体が1万台に1台の"大当たり"である可能性もゼロとはいえません。わが家ではビックリするほど実用的なフォノイコですが、この記事をお読みになった人が購入されて「ダマされた!」ということがないよう祈るばかりです。

あと、アナログ関係の小物類を"落穂拾い"していきましょうかね。レコード・クリーナーはナガオカの「アルジャント113」と日本蓄針(オーム・ブランド)のPRO-8を常用しています。

アルジャントは今もマイナーチェンジされて売り続けられている定番中の定番クリーナーです。この当時の113番はベルベットの質が最上で、ホコリを最も効率的に取り去ってくれるのではないかと思います。

アルジャント116

ナガオカ アルジャント116 ¥1,000

こちらは現行のアルジャント。少しベルベットの材質が変わったようだが、持ちやすさを含めた使いやすさは往年と全く変わりがない。

PRO-8は高校生の頃になぜかカセットデッキを買ったらオマケでレコードと一緒にくっついてきたもので、それから30年以上使ってもベルベットは健在です。ベルベットの面が広くて割合に実用的なクリーナーだと思います。

PRO-8

こちらはわが家で愛用しているPRO-8。持ち手に張られていたゴムのリングは劣化して落ちてしまったが、ベルベットが全く劣化しないのはすごいものだ。

これらで拭い切れないほどホコリが積もった盤には、湿式クリーナーのオーディオテクニカAT6012を使います。クリーニング液を注入してやると、本当に見るみるホコリが取れるのが面白いくらいです。AT6012使用上のコツは、クリーニング液をまめに補充してやることですかね。スペアのボトルAT634も安いものですから、気にせずに使ってしまうのがいいと思います。

AT6012

オーディオテクニカ AT6012 ¥1,600(税抜き)
※補充用クリーニング液AT634は¥400(税抜き)

中古レコードでたまに当たる、べっとりとタバコのヤニのようなものがこびりついた盤やカビが生えた盤などは、この手のクリーナーでは太刀打ちできません。VPIニッティグリッティなどを筆頭に高度なディスクウォッシュ・マシンが発売されていますが、わが家にはとても導入できないので、私は専らそういう盤は台所で台所洗剤とスポンジを使ってゴシゴシ洗ってしまっています。洗っている最中に指先やとりわけ爪で盤を傷つけないこと、またレーベルをできるだけ濡らさないように気をつけること、といったほかは結構ぞんざいに扱ってもレコードは大丈夫みたいですよ。

その代わり、盤を水で洗ったら必ず完全に乾かすことが肝要です。カートリッジに湿気が厳禁ということは、くれぐれも頭に入れておいて下さい。前にも書きましたが、私はその辺を甘く見て愛用のカートリッジを1本ダメにしちゃいましたから。私はベルドリームのレコード乾燥台BD-LKD11を使っています。分厚くニッケルメッキされたスチール製のスタンドで、適度な重量があり、レコードを安定して支えてくれる便利グッズです。

BD-LKD11

ベルドリーム BD-LKD11 ¥5,000(税抜き)

次はスタイラス・クリーナーかな。私はごく簡易なクリーニング液としてナガオカの「ハイクリーン801」とオーディオテクニカAT607を使用しています。前者は高校生の頃に買ったのがまだなくなっていないくらいですから、大変に長持ちするものといってよいでしょう。私はごく少量を綿棒に塗りつけ、針先を磨くようにしています。しっかり磨けているかどうかを確認するために、10~30倍くらいのルーペというか簡易な顕微鏡のようなものを用意しておくと役立つでしょう。

ハイクリーン801/2

ナガオカ ハイクリーン801/2 ¥800
高校生の頃に買ったハイクリーン801と全く同じ外観だが、型番のみ801/2となっている。ほぼ同等品なのではないか。

AT607

オーディオテクニカ AT607 ¥600(税抜き)

ポケット顕微鏡

私の愛用しているポケット顕微鏡。アマゾンで500円少々だった。こんなものでも針先を鮮明に30倍まで拡大してくれる。

やれやれ、これで概ねアナログ関連のリファレンスは紹介できたかな。長い旅路となりました。

それにしても、スタビライザーのAT6274、ターンテーブルシートAT677、カートリッジAT33シリーズ、ヘッドシェルAT-LHシリーズ、シェルリードAT6101、フォノケーブルAT6209、フォノイコライザーAT-PEQ20、クリーナーAT6012にAT607、そうそう水準器もAT615を使っていたっけ。わが家のアナログにおけるオーディオテクニカの占有率にはわれながら呆れます。

しかし、断じて「ステルスマーケティング」なんてやってるわけじゃありません。AT33MLにしてもAT618にしてもAT677にしてもAT-LHにしても、メーカーと付き合いができる前から自費で購入して使っているのです。自由にできる金の限られるオーディオマニアがアナログで一定以上のクオリティを得ようとするならば、オーディオテクニカは必ず強い味方となってくれることでしょう。同社はアナログを主体的に牽引する社としてはおそらく世界最大手でしょうし、ことコストパフォーマンスの高さにおいて同社に匹敵することは、後発メーカーにとって大変に難しいのではないかと思うのです。

昨年、同社では創業者の松下秀雄氏が逝去されました。もうずいぶん前から経営そのものには携わっておられなかったようですが、それでも偉大なる創業の父を失った同社は、これから第2世代以降が頑張らねばならないと兜の緒を締めているところだと思います。幸い今はアナログが静かな再ブームの様相ですから、これからしばらくは新製品の開発も順調に進むのではないかと思います。しかし、ブームは必ず下火になる日を迎えます。そうなっても同社のハイCPを牽引する美風が損なわれないよう、私たちアナログ・ファンは大いに支えていかなきゃならんのではないかな、と考えているところです。

わがリファレンス・システム(スピーカー編)2014/02/05 10:46

やっとスピーカーについての解説へたどり着きました。とはいっても現在わが家のリファレンス・スピーカーは大規模な移行中で、書いたそばから変わっていってしまうのはもう致し方のないタイミングではあります。そのあたりは変更があり次第報告していきますから、ここではこれまでの来歴も含めて書き進めていきましょうか。

ちょっと前までわが家ではマルチアンプ構成の超マルチウェイとフルレンジのバックロードホーン(BH)を主としたスピーカーの2系統を鳴らしていました。メインとしていたのは専らマルチウェイの方で、BHは小口径のものが中心だったものです。

メインで使っていたマルチウェイを紹介しておきましょう。ウーファーはフォステクスの30cm口径FW305を約100リットルのバスレフ箱へ入れたものです。ミッドバスは同社の16cmフルレンジFE168Σを逆ホーンという特殊なキャビへ収めたもので、この形式の箱へ入れるとメーカー発表とそっくりのf特になる、すなわち低域がなだらかに下落するので、クロスを設定しやすいのです。スコーカーは英ATCの8.5cm口径という巨大ドーム型SM75-150S-08、同社の3ウェイによく使われているユニットです。トゥイーターはイスラエル製のモレル・サプリーム110という28mm口径のドーム型、スーパートゥイーターは中国オーラムG2リボン型を愛用していました。

ありし日の5ウェイ

ありし日の5ウェイ。隣はフォステクスの13cm純マグネシウム・フルレンジMG130HRを使った作例「ライトヘビー」で、このカットが健在の頃の5ウェイを収めた最後のものとなってしまった。

都合5ウェイ、クロスは下から100Hz、500Hz、2kHz、8kHzで、まぁ大体2オクターブごとに区切っていることになります。最初から機械的に2オクターブと決めたわけじゃなくて、それぞれのユニットの特性を睨みながら、また音を聴きながら得意な帯域、美味しい音を出す帯域をつないでいったらこうなった、といった具合です。これで下は20Hzから上は40kHz以上までコントロール下へ置くことができました。

とはいっても、フラットに躾けてはいませんでした。やろうと思えば簡単なんですが、高域までフラットにすると概して音楽がキツく聴こえるようになるんですよ。それでそう極端にはしないものの、緩やかなダラ下がりにチューニングしてあったものです。チューニングが決まってから、まる3年くらいはリファレンスとして愛用しましたかね。

しかしわがマルチウェイ、世のマルチ派の皆様には「何だその安物は?」と呆れられるかもしれませんね。5ウェイと構成だけは立派ですが、高価なユニットはATCのスコーカーくらいで(しかもそれは友人が貸してくれたものでした)、あとはキャビネット代を含めても1本10万円で収まるくらいのものなのです。マルチ派といったら亡くなられた高城重躬・高島誠の両御大を筆頭に、一体何千万円かけたか分からない、というようなシステムが多いものですからね。

でもわが「安物マルチ」だって、うるさ型の友人や取材に来た歴戦のつわものたる編集子を仰天させるくらいのことはできていましたからね。ユニットの最も美味しい帯域を見抜き、そこのみをつないでシステムを構成させることが可能で、さらに帯域間のバランスも手懐けられるならば、呆れるほど安価なシステムでも十分にマルチの恩恵を味わうことができる、という意味でも実験的なシステムでした。

異変が起こったのはもう5年ほども前になるかな。別段天気が悪い日でもなく、普通に就寝したその夜明け前頃の話でした。突然、至近距離で大きなが落ちたのです。あまりの大音響に飛び起きましたが、その1発のみで雷は収まってしまい、再び眠りに就きました。

朝になって起き出してみると何たることか、マルチアンプ用に愛用していたアキュフェーズのマルチチャンネル・パワーアンプPX-650のイルミネーションが点滅しているじゃないですか。慌てて電源を落とし再びスイッチを入れましたが、2台借りているうちの1台は復帰したもののもう1台は全く変化なし。しまった、落雷にやられてしまったようです。

それでアキュフェーズに修理を依頼した、というのはデジタル&アンプ編で書きましたが、実は被害を受けたのはアンプだけじゃなかったのです。

マルチアンプという方式には2通りあって、一般のクロスオーバー・ネットワークを通して各帯域のユニットへ1台ずつのパワーアンプをあてがうパッシブ・タイプと、チャンネルデバイダー(以下チャンデバ)を使ってパワーアンプの前で帯域を分割した信号を送り、ユニットごとのアンプを駆動するというアクティブ・タイプです。概してスピーカーというものはネットワーク素子が天敵で、特に大きなコイルやコンデンサーを入れると途端に音が鈍くなったり何となくザワついたり音色がまるで違ってしまったりと、あまりいいことにはならないことが多いものです。

それで「理想主義的なマルチアンプ」というとチャンデバを使った方式ということになってしまいます。私も前述の通りアキュフェーズのチャンデバDF-45(後にDF-55)を使ってマルチをやっていましたが、この方式には注意すべき点があるのです。

一般のスピーカーは瞬間的な過大電力が入ってもネットワーク素子がその大部分を吸収してくれるので、ユニットに大きな被害は出にくいものです。最悪、コンデンサーが破損してもユニットの交換よりは安価に収まることが多いですしね。その一方、チャンデバ式のマルチはネットワーク素子が入っていない分、過大電力はそのまま入ってしまいます。とりわけ繊細なトゥイーター類を破損してしまうことが多いので、不整な信号の入力には厳に注意せねばなりません。

そこへパワーアンプを吹っ飛ばすくらいの雷が落ちたのですからたまりません。幸い下の4ウェイまではユニットに大過ありませんでしたが、リボントゥイーターがひどいことになりました。振動板が前へ飛び出して歪んでしまっているのです。試しに音を出してみましたが、8kHzクロスでは何とか普通に聴けるものの、クロスを下げると振動板がビリついてしまってまともな再現は望めません。

歪んだG2

雷にやられたオーラムG2。本来は直線状のリボン振動板が前へ飛び出し、弓なりになってしまっている。この惨状からして、DCに近い大出力のパルス成分が入ってしまったのだろう。

これはダメだと手持ちのトゥイーターをいろいろ引っ張り出してつないでみたんですが、一度上質のリボントゥイーターを聴いてしまうともういけません。割合気に入っていたはずのトゥイーター群が軒並み討ち死に状態となってしまって焦りました。

ND16FA-6

デイトンND16FA-6を載せてみる。1本1,000円ちょっとでこんな豆粒のようなトゥイーターだが、普通のフルレンジなどへ載せると侮れない音質改善能力を発揮してくれる。しかしこの大型5ウェイは荷が重すぎたようだ。高域のみスケールが妙に小さくなり、縮こまったような表現となってしまった。

ちなみにこの時期はスコーカーをフォステクスFF85Kの逆ホーン型にしていたが、結構上手くつながっていた。能率が7dBほども足りなかったのでATCに戻したが、大健闘だったといえるだろう。

もっとも、これはこのマルチアンプ5ウェイとの組み合わせ上でのことです。この機会ではまるで旨味が感じられなかったホーン型のトゥイーターは、BHにとってはかけがえのない相棒となります。オーディオの中でもとりわけスピーカーは相性が大切ですね。

EAS-5HH10

テクニクス往年のホーン・トゥイーターEAS-5HH10も載せてみたが、なぜか上が詰まった感じで、全体に見晴らしの悪い音となってしまった。高能率フルレンジの上へ載せると、超高域まで切れ上がって浸透力高く素晴らしく抜けの良いサウンドになるのだが、相性が悪いとここまで変な音になるのかとショックを受けた。

他に相性の良いトゥイーターが見つからないものですから、仕方なく騙しだまし使っていたリボントゥイーターは、2度目の落雷で完全に息の根を止められてしまいました。輸入元の六本木工学研究所でもオーラムG2は「SOLD OUT」になってしまっているので、これはもう復活不可能でしょうね。

折もおり、2度目の落雷でPX-650が2台とも昇天、さらにチャンデバも返却することになって、ここでいったんマルチアンプの実験は一段落ということになりました。しかしアキュフェーズはもう1台PX-650を都合してくれたし、ここで何とかできないかといろいろ知恵を巡らせることとなりました。

そもそもチャンデバはDF-45も同55も4ウェイまでの対応で、5ウェイとするにはC-AX10内蔵のデジタルチャンデバも併用していました。一番下の100HzはC-AX10で切っていたものです。ところがその周波数はC-AX10が有する理想的なFIRフィルターを使うことができません。ごく一般的なIIRフィルターになっちゃっていたのですね。

ところが、手持ちに2台チャンデバがありまして、2ウェイと3ウェイのモデルなんですが、それらとC-AX10を併用するならば500HzのポイントでFIRフィルターを使用することがかないます。2ウェイは米DODSR835、3ウェイは独べリンガーCX3400という製品で、前者は何と7,000円と少々、後者でも1万2,000円くらいで買えたものです。もっとも、CX3400は友人からの到来ものでしたが。

それに気がついて早速実験してみましたが、音が出た瞬間の「うわ、何だこりゃ!」という驚きをどうやったら皆さんへ伝えられるでしょう。DF-55と比べると情報量がいっぺんにガタ落ちし、静寂に覆われた音響空間だったはずが何だかザワザワ・ゴミゴミと薄汚い感じに汚れています。音色は濁り、音場の見晴らしも薄ぼんやりと抜けません。C-AX10のFIRフィルターの旨味なんて、とても感じられるレベルの音じゃないんですね。

SR835

DODのSR835。1万円もしないで購入したのだから文句を言ってはバチが当たるが、それにしても本機のノイズには参った。一度2ウェイで使用してみたら、アナログのサーフェスノイズよりも遥かに高いレベルで「ジー」と鳴り続けていたもので、早々に撤去してしまったものだった。扱い勝手と耐久性・安定性は非常に良好だから、ノイズなど気にならないPA用途で生きる製品なのであろう。

ひょっとしてエージングで少しは治まってくれるかと思ってしばらくそのまま鳴らし続けていたんですが、数日後にはあまり気にならなくなってきました。果たしてエージングが進んだのか、それとも私の耳がその環境に慣れちゃったのか。多分両方だと思います。

それでまたしても騙しだまし5ウェイを運営してきたのですが、今度はあちこちのチャンネルで音が出たり出なかったり、という症状が出始めました。多chマルチウェイでこれが起こるとトラブルシュートが本当に大変で、チャンデバのせいかインコネのせいかパワーアンプのせいかSPケーブルのせいかSPユニットのせいかを突き止めるだけでも日が暮れます。さらにチャンデバのせいと分かっても接点の導通が悪いのか設定をミスしているのか故障しているのか、故障ならどこがおかしいのか、といったことを突き止めるのに夜が明けます。

CX3400

調子を崩したのはこれ、CX3400である。これも3ウェイの多機能機で、為替が下落した現在も1万2,000円やそこいらで買えるのだから、あまり文句を言うのも酷というものだが、わが家へやってきた個体はたまたま"ハズレ"だったのであろう。

結局どうやら入出力のXLR端子が上手く導通していないのではないかということになり、購入店へ修理の問い合わせをしたと思ったら、「今の為替状況なら修理するより買った方がずっと安いですよ」と回答あり。なにぶんひどい貧乏暮らしでもあり、そう簡単に「もう1台」というわけにはいきません。ここでチャンデバを使ったマルチは万事休しました。

それでもマルチウェイを何とか維持せねばと粘った結果、友人が貸してくれていたコーラルの古いドーム型スコーカーMD-30に思いが至りました。あれは650Hz~10kHzほぼフラットという怪物的なユニットですから、少し余裕を見て800Hz~5kHzで使い、上はフォステクスの純マグネシウム製ドーム・トゥイーターのFT200Dをつないでやります。中域のクロスが少し上がりましたが、ミッドバスのFE168EΣはどうにかこうにか1kHz近辺までピストンモーションで動いているように見えますし、大丈夫だろうという読みがありました。

MD-30ほか

ウェブで拾わせてもらったコーラルX-IIIのユニット写真。左上のスコーカーがMD-30である。

チャンデバがなくなっちゃったものですから5kHzのクロスはパッシブで切ります。手持ちにちょうどよいネットワークがあったのでその流用です。都合、4ウェイでアンプは片側3chの変則マルチアンプ・マルチウェイとなりました。

FT200D

フォステクス FT200D ¥18,000(税抜き)

フォステクス独創の純マグネシウム振動板を持つリッジドーム型トゥイーター。小柄な割には結構な価格の製品だが、今これほどの自然さと伸びやかさを持つトゥイーターはなかなかない。少々能率が低めで、リボントゥイーターよりはやや大人しめだが、私が今最も信用するトゥイーターの1本である。

これは非常に好ましい表現を聴かせてくれたセットでした。C-AX10のFIRフィルターでMD-30の下を切った効果が存分に出て、伸びやかで高品位なサウンドです。下のクロスに使っているDODは相変わらずノイジーなんですが、ノイズは専ら中高域が耳につくものですから、この使い方ではそう気になりませんでした。

このままリファレンスを任せることができるなと思ったのも束の間、今度はC-AX10が手元からなくなってしまい、これで完全にマルチアンプ・システムは瓦解してしまいました。改めてわが家の装置がどれほどC-AX10に依存していたか、痛感させられます。

さらに、以前「オーディオベーシック」誌で作った20cm口径の"鳥型"BH「シギダチョウ」をフォステクスで保管してもらっているのですが、「そろそろ取りにきてもらえませんか」と依頼があったのでさあ大変。あれは部屋へ収められることを優先して設計した作例ですが、それでも相当に巨大です。あれをわがリスニングルームへ導入するなら、100リットルのウーファーなんてとても使ってはいられません。

シギダチョウ

1997年に製作した故・長岡鉄男氏の「モア」はこれまでのわが生涯で最高の音を聴かせてくれたと今なお信じている。担当編集者だった私は「これ、私が使います!」と手を挙げれば持って帰ることができる立場だったのだが、あまりの巨大さに断念したことがずっと重い後悔となってのしかかっていた。それを拭い去るべく、「部屋へ入れられるモア」を目指して設計したのがこの「シギダチョウ」である。幸い設計・製作とも上手くいったようで、現在のところ「わが最高傑作」と胸を張って言い切ることができる。

そこで当時の「ガウディオ」編集部に頼み、「自作スピーカー差し上げます」というページを作ってもらいました。希望者がハガキを下さっていると思うのですが、その後雑誌がなくなったりのドタバタでまだ作業が全然進んでいません。ずいぶん遅くなっちゃっていますが、ハガキを出して下さった方はもう少しお待ち下さいね。

そんな状況だからいまだ100リットルのキャビはわが家にデンと腰を据えたままで、しかも音が出せないという困った状況に陥っています。仕事にも使うリファレンス・スピーカーは、これも前にオーディオベーシックで作った「エアホーン」をつないでいます。20cm口径のBHながら音道が1mもないという超変則スピーカーですが、40Hzくらいまで深々と伸び、超ハイスピードのサウンドが心地よい作例です。ただし部屋に左右される度合いが大きく、またセッティングも非常にシビアなものですから、「ビギナーでも製作可能の上級者向きスピーカー」ということになってしまっています。

エアホーン

現在の暫定リファレンス「エアホーン」。長岡氏はどんどんオーディオの"常識"を打ち破り、数多くの独創的なスピーカーを製作してこられたが、私もこの方式はこれまでの常識を打ち破るものと自負している。何といってもBHなのに音道が1mもなく、それでいて40Hz近辺まで深々と低音が伸びているのだ。これもわが記念碑的なスピーカーだが、なにぶんこの巨大さなものでちょっと部屋には置ききれず、残念ながら手放すこととした次第だ。

このスピーカーも希望者にお譲りする手はずにしているんですが、「シギダチョウ」がくるまでは手元から離すわけにいきません。希望者の方、こちらももう少しお待ちを。

とまぁ、本当にドタバタの「工事中システム」ですが、何とか今年中にはもう少し安定させたいと願っています。目指すは「シギダチョウ」とマルチアンプ実験システムの両立! 頑張らなきゃ。

FE103-Solを聴いてきました2014/02/14 09:23

2月は早速いろいろと立て込んで更新を途絶えさせてしまったことをお詫びします。でもようやく締め切りの第1次ピークも何とかやり過ごし、先日、昭島のフォステクスカンパニーまで取材へ行ってきました。ほかでもない、もうすぐ登場する限定ユニットFE103-Solの音を聴かせてもらいにです。

FE-103-Sol

フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE103-Sol ¥6,500(税抜き、1本 4月中旬発売)

●口径:10cm ●インピーダンス:8Ω、16Ω ●再生周波数帯域:f0~40kHz ●出力音圧レベル:90dB/W/m ●最大入力:15W(MUSIC) ●最低共振周波数(f0):85Hz(8Ω)、88Hz(16Ω) ●実効振動質量(m0):2.5g(8Ω)、2.4g(16Ω) ●共振尖鋭度(Q0):0.44(8Ω)、0.54(16Ω) ●実効振動半径(a):4.0cm ●マグネット重量:226g ●総重量:0.65kg

■問い合わせ先:フォステクスカンパニー http://www.fostex.jp/

比較対照のためにレギュラーFE103Enの画像とスペックも貼っておきますね。手練のスピーカー工作者なら、ごく微妙に、しかし興味深いところが違っているのがお分かりになることでしょう。

FE103En

フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE103En ¥5,000(税抜き、1本 発売中)

●口径:10cm ●インピーダンス:8Ω ●再生周波数帯域:f0~22kHz ●出力音圧レベル:89dB/W/m ●最大入力:15W(MUSIC) ●最低共振周波数(f0):83Hz ●実効振動質量(m0):2.55g ●共振尖鋭度(Q0):0.33 ●実効振動半径(a):4.0cm ●マグネット重量:193g ●総重量:0.58kg

私の住む東埼玉から昭島というと距離にすれば結構なものですが、JR吉川駅から武蔵野線で西国分寺まで行って中央線に、立川で青梅線に乗り換えれば到着です。時間的には自宅から駅までのバス移動を加えても片道1時間半程度、都心へ出るのとそう大きくは変わりません。

昨年までよく通っていたフォスター電機の本社ビルは青梅線で昭島駅の1つ手前、中神駅から徒歩圏でしたが、このたび竣功した新・本社ビルは昭島駅に近くなりました。大変デラックスで優美な建物だなと思っていたら、2013年の経済産業省グッドデザイン賞を受賞しているんですね。こういう建物にも賞典があるということを初めて知りました。

フォスター電機・新社屋

竣功間もないフォスター電機の新社屋。大変に瀟洒で粋な作りながら社員の動線がよく考えられ、セキュリティをしっかり確保しながら頑丈な間仕切りによる閉塞感もないという、素晴らしい環境のビルだった。

新装成ったフォステクスカンパニーの試聴室へ招き入れられ、座学の後に試聴です。新築の部屋というとともすれば嫌な響きがまとわりついたりスピーカーの音がなじまなかったりしがちなものですが、そこはさすが巨大スピーカーメーカーだけのことはありますね。全く嫌な響きがつかず、といってデッドに走るでもない、素晴らしい居心地の部屋になっていました。部屋へ入って自分の声を聴くだけで「うわ、こりゃダメだ!」とか「あぁ、この部屋は大丈夫だ」といったことはたいてい分かるものですよね。

当日の取材順通り、ここで改めてFE103-Solの概要についておさらいしておきましょう。同ユニットは自作派にとって永遠のリファレンスといいたくなる名器FE103の誕生50周年を記念して開発されたユニットで、外観はシリーズ最新作FE103Enの色違いバージョンのように見えますが、何といってもあの社が作る限定ユニットです。一筋縄で開発が終わっているわけがありません。

まず、振動板はFE103E以来のバナナパルプ系ESコーンと共通性の高い素材を使いながら、同社独自の2層抄紙技術を採用、1層目には長繊維のパルプを使って剛性を確保、2層目に短繊維のパルプを用いることでヤング率を高め、ボイスコイル・ボビンから振動板へ伝播する音速を高めています。振動板の強度とヤング率はある程度バーターにならざるを得ない項目のようですが、その両者を高度に両立するための新技術といってよさそうですね。

もっとも、2層抄紙自体は新しいレギュラーユニットFF-WKシリーズで既に実用化されていますから、この次FEシリーズがモデルチェンジしたらSolの技術が採用されるかも、という期待にもつながりますね。先日Enにモデルチェンジしたばかりだから、次がいつになるかは分からないけれど。

初代103とEn、そしてSolの振動板を触り比べさせてもらいましたが、明らかに初代と比べてEn(多分Eから)はしなやかで強いコーンになっていることが分かります。しかし、Solはもう比較になりません。強い腰を持ちながらいわゆる業務用ユニット的なハードプレスとも違う、独特の触感です。「プレス時にはできるだけ力をかけないよう現場に頼み込んでいます」とエンジニア氏。ノンプレスとまではいきませんが、かなり繊維の圧縮が少ない、すなわち内部損失も大きめのコーンのようです。

ちなみにセンターキャップも同じ2層抄紙で作られています。レギュラーのFE103Enと並べて見比べると、センターキャップが少しだけ大きく見えるのですが、大きさ自体は全く同じだそうで、ボイスコイルボビンへの接着法が少し違うせいで僅かに出っ張って見えるのだとか。

ボイスコイルボビンはグラスファイバーにフェノールを含浸した素材が採用されています。フェノールといっても物性により音がコロコロと違い、最適の材質へたどり着くのにかなりの時間を要したとか。Solは40kHzまでの再生限界を誇るユニットですが、このボビンを開発したことによってそれが可能になったのだということです。

ボイスコイルは初代FE103以来一貫して変わらない線径の銅線を採用していたそうですが、Solは少し太くしているとか。このたびは16Ωのユニットも登場してきましたが、もちろん8Ωユニットと線径は違います。

ダンパーも新開発で、より振幅の大きな波型ダンパーとなっています。レギュラーのEnとコーンを押し比べてみましたが、Solの方が明らかに抵抗が少なく、長いストロークをストレスなく動く感じでした。

コーン、センターキャップ、ダンパー、ボイスコイルボビンを同一のポイントで接着することにより振動の基点を明確化し、接着剤などの不安定要素を極限まで減らす3点接着方式もSolには採用されています。見た目には全く分からないごく小さなポイントなんですが、これは音質向上の核心的技術というべきものですから「これ、レギュラーにも採用できないんですか?」と聞いてみたら、生産ラインを作り直して工程をいくつか増やさないと採用は難しいのだとか。やっぱり限定だから採用できる贅沢な方式のようです。

磁気回路も一変しています。まずマグネットが初代103以来のφ80×10mmからφ80×12mmに厚みが増しました。といっても、「スーパー」のように駆動力を増してよりオーバーダンピングにするという意図ではなく、あくまでチューニングの問題じゃないかと思います。

というのも、Solには磁気回路のポールピースに銅キャップが装着されているのです。銅キャップは磁気歪みを低減し、また高域方向のインピーダンス上昇も抑えることから音質向上へ大いに寄与するパーツなのですが、絶対的な磁束密度は銅キャップなしの磁気回路よりいくらか下がる傾向があるのです。Solはまたポールピースに加えてマグネットの内周付近にも銅キャップを加えているものですから、さらに磁気歪みは下がっているものと推測されますが、やはり何らかの磁束アップ対策を講じねばならなかったということでしょう。

それではなぜレギュラーのFEには銅キャップが装着されていないのかというと、「銅キャップなしでも高域がよく伸びてしまっていて、チューニング上必要なかったから」だとか。確かに初代FE103でも18kHzまでしっかり伸びていましたし、現行のEnでは公称22kHzとなっています。フォステクスの"公称"は一般メーカーとは比較にならないくらい基準が厳しいので、このデータは額面通りに捉えて問題ありません。

一方、Solはいわゆる「バックロードホーン(BH)向け」オーバーダンピング・ユニット的に中域から上が上昇していますが、これこそが銅キャップの効果(高域のインピーダンス上昇を抑える=出力音圧レベルが上昇する)なんだろうと推測できますね。それが耳障りになるのか、はたまた銅キャップの効果による歪みの低下で伸びやかさとして聴こえるのか、データを見た段階で興味津々でした。

こうやって見ていくと、前述の通り単なるカラーバリエーションに見えかねないSolですが、レギュラーから引き継いでいるのは初代以来のフレームとEnで新しくなったエッジのみということが分かります。あ、205サイズ・ファストン対応の端子もそうか。総じていうと見えないところに苦心と贅を凝らしたユニットということができるでしょうね。

これで価格はレギュラーの1,500円増しというから、大変なバーゲン価格というほかはありませんね。もともと同社は「限定ユニットで商売は考えていない」ということですし、ある種の「顧客サービス」という意味で割り切っているのでしょうね。それで8Ωのユニットが限定1,500本、16Ωが800本というから、これはあっという間に品切れになってしまうことを懸念せざるを得ません。「これは!」と思われた人はお早めに販売店へ発注しておかれるのがよろしいかと思います。

FE103-Sol特性

FE103-Solの周波数特性とインピーダンス・カーブ。これは8Ωのものだが、16Ω版もインピーダンス・カーブの位置が高くなる(=インピーダンスが上昇している)ほかは全く見分けがつかない。

なお、Solは8Ωと16Ωで特性データが僅かに違います。往年のFEや初代FFなどにあったインピーダンス違いのバージョンでは全く同じデータでしたから、キャリアの長いマニアで「おやっ?」と思われた方もおられようかと思います。エンジニアに話を聞いてみると、そもそもインピーダンスを違えたら他の条件をしっかりと揃えても同じ特性にはならないのだとか。往年の開発陣はそのあたりを上手く丸めていたのでしょうね。今回のSolにしたってそう大きくは違っていませんし、f特のデータなんてインピーダンス・カーブが添付されていなかったら見てもどっちの特性かまず区別はつかないことでしょう。

FE103En特性

ちなみにこっちはFE103Enの特性図。インピーダンスが高域へ向けて大きく上昇し、中高域がSolよりもややフラットめに出ていることが分かる。これは明らかに銅キャップの有無が影響していると見て取ることができるだろう。

さて、座学が終わり試聴にかかります。弦と声のクラシック系ソースを中心に、FE103EnとSolの8Ω、そして同16Ωの聴き比べです。キャビネットは内容積6.6リットル、バスレフのチューニングは80Hzより少し上のバスレフ型と、3機種とも全く同じものを用います。このキャビネット自体は非常に標準的な103用というか、Σやスーパーでなければどれをマウントしてもちゃんと鳴る、「標準箱」というべきものですね。

まずFE103Enから音を聴きましたが、これはこれで実によく慣れた「わが地元」という感じの音です。現在のメイン・リファレンスがFE206Enを使った「エアホーン」なんですからそれも当然といっていいのでしょうね。レンジは無理して広げた感じがなく、といって不足もほとんど感じさせない絶妙の線です。

続いて8ΩのSolを聴きましたが、もう最初の1音が出た瞬間から音の品位がまるで違っていることに気づかざるを得ません。特にすごいのは中高域の歪感の少なさです。歪率を実測したデータを見せてもらったんですが、特に耳へ障る3次高調波が5kHz以上で大幅に下がっていることがデータからも裏付けられました。それがまたはっきりと耳に聴こえてくるのはもう面白いくらいでしたね。コーンとセンターキャップ、ボビン、ダンパーのすべてが高品位化され、3点接着で曖昧な成分を排除し、磁気回路へ二重の銅キャップを加えることで磁気歪みも大幅に低減するという、Sol開発陣の苦心がそのまま表れたようなサウンドであったろうと思います。

続いて16ΩのSolです。全く同じキャビに取り付けているというのに、こちらはややゆったりとした鳴り方に聴こえます。低域方向はスピード感を保ちつつ一段と自然なたたずまいを聴かせます。こちらに比べると8Ωはどこか「無理やりダクトから低域をひねり出している」感が否めません。一方、音場感は8Ωが少し広いように感じられ、16Ωでは音像の奥行き感がやや前進してくる感じもあります。

この感じは明らかに、僅かではありますが駆動力に差が出ているということであろうと推測されるものです。8Ωの方がパワフルで音場もよく表現するが若干低域にクセがあり、16Ωは自然に低域を放射するけれど少しだけ音場感が狭くなる。こう対比すれば明らかですね。Q0のデータが8Ωは0.44、16Ωは0.54となっているのがまさにそれを裏書きしているのではないかと思います。

開発エンジニアのSさんも「BHを作るなら8Ωがお薦めです。バスレフはどちらでもかまいませんが、16Ωは真空管アンプと組み合わせるのもよいでしょうね」とおっしゃっていました。なるほど、実際に音を聴いてもちょうど納得の行く方向性だと思います。

お次はBHの試聴です。「まだ取扱説明書に掲載するBHは検討中でして」ということで、FE126Enの純正箱BK126Enにマウントされたものを聴くこととなりました。FE103EnよりSolの方が一回り器が大きくなっているので、BK103Enでは少し不足が感じられたとか。

音が出た瞬間、「あ、俺はこっち側の人間だわ」と納得のサウンドです。BHらしい音離れの良さ、力感、スピード感をたっぷりと味わわせながら、音楽を豊かに、そして大スケールに描き上げるこの表現力は、BHなくしてはなかなか得られないものだと思います。

面白くなって私もメインシステムに持参のPCを接続し、ハイレゾをバンバンかけていきます。フォステクスのリファレンスがアキュフェーズで、DACのDC-901は音元出版のレファレンスと共通なものですからわがPCには既にドライバーが入っており、USBケーブルでつないでやるだけで音が出るのが助かりました。

オケの大迫力もジャズの味わいもかなりのレベルで表現してくれたFE103-Sol+BK126Enでしたが、井筒香奈江のボーカルのみ僅かにホーン鳴きが耳についたのが印象的です。いつもいつも井筒の音源は装置を万全にしていないと本来の実力を発揮してくれず、どこかに手抜きや不備があったらそこをすぐに指摘してくれるので、試聴には欠かせないのですが、案の定今回も「ほら、ユニットとホーンがもうひとつ合ってないでしょ」と鋭く指摘してくれました。

Solの取説に掲載されるBHは間違いなくもっとずっと相性の良いものでしょうから、それが完成したらもう一度聴かせてもらいたいものです。あぁ、それよりも早く自分の作例を設計・製作したくなりました。器が大きく音楽が楽しく、たまらない魅力を存分に放散するユニットであることははっきりと分かりましたから。

発売は4月中旬とまだまだ先ですが、量産試作でわが家に回してもよい個体ができたら、すぐに送ってもらえるようお願いをしてきました。それまでにはもうキャビネットを作って待ち構えているくらいの勢いでいきたいものです。あぁ、待ち遠しいなぁ。

わがリファレンス・ソフト(クラシック編)2014/02/18 20:26

私のリファレンス・ソフトについて少しお話したいと思います。といっても「このソフトを買っておけば高音質チェックはカンペキ!」といった記事にはなりません。私自身、チェックに使うソフトは始終変更していますし、それに何より個人的に「高音質であれば内容は問わない」という聴き方ができないもので、どうしても楽曲や演奏が好みに合うソフトの中から選ぶことになってしまうものですからね。

アナログ/デジタルとも長年にわたってクラシックのリファレンス盤としてしょっちゅう引っ張り出しているのがストラヴィンスキーの「火の鳥」、ピエール・ブーレーズ/ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏です。レコード盤の方はまだ20代の頃、お茶の水ディスクユニオンの見切りワゴンで見つけました。キズ盤につき50円という捨て値で転がっていた盤です。何の期待もせずに拾い上げた盤でしたが、帰宅して針を落としてみると、A面の冒頭5分頃に少しバチバチいうものの、それ以外は結構良好なコンディションでした。

当時使っていたリファレンス・システムはスピーカーがテクニクスの7cmフルレンジEAS-7F10×1発のバックロードホーン(BH、この作例は20年以上後に学研の「大人の科学マガジン」で「ヒヨッ子」として発表しました)で、とりわけ低音再生に限界があり、100Hz以下急降下という代物だったものですから、その盤の実力はとても発揮させることができず、「うん、まぁいい盤かな」といったくらいで終わっていましたが、この盤はその後システムをグレードアップするたびに猛烈な器の大きさを少しずつ表してくるようになりました。まさに止めども知らぬ向上ぶりを聴かせてくれるのです。

わが家のシステムでこれほど変化が分かりやすいのだからこれはありがたい、というわけでこの仕事を始めて間もなくから試聴用のリファレンスとして活用している、という次第です。

ただしこのLP、私が所有しているのは米コロムビア盤です。この音源が収録された1975年当時というと、手元にある日本のCBSソニーによるレコードの大半はいまだ高音質とはとてもいい難く、日本盤についてはお薦めリストから外させてもらいます。

個人的にではありますが、CBSソニーは1970年代の終わり頃に突如としてとてつもない高音質化を遂げたという印象があります。1970年代に発売されたバーンスタインのLPなんて何枚買ってはガッカリしたことか。それが、CD時代を間近に控えた1980年頃、ちょうど伝説の「マスターサウンド」盤が登場した時期と重なるんでしょうね、それくらいから先の盤はビックリするくらい高音質になっていて目を白黒させたものでした。

バーンスタインだって後にCDで買い直した当時の演奏には素晴らしい優秀録音が結構あるんですよね。1970年代までのCBSソニーの製盤は一体何をやっていたんだ! と机を叩きたくなります。

ちなみにこの音源はCDでも所有しています。とある雑誌で「ブルースペックCD」や「HQCD」「SHM-CD」などの新世代製盤技術を使った高音質CDを聴く企画を受けたんですが、その時に何枚か買った中の1枚がこれでした。ソニー・クラシカルの盤ですからブルースベックCDです。

ストラヴィンスキー/火の鳥ほか

ブルースペックCD
ストラヴィンスキー 火の鳥~1910年版~
バルトーク 中国の不思議な役人

ピエール・ブーレーズ指揮、ニューヨーク・フィルハーモニック
ソニーミュージック SICC20005 ¥2,500(税込み)

わが永遠のリファレンス音源というべき「火の鳥」。ジャケットはブルースペックCD版を掲載しているが、LPもほんの僅かトリミングが違うくらいで火の鳥のイラストは共通である。くれぐれも国内盤LPには手を出されぬよう。

本当に優れたアナログのソフトを所有していて同じ音源をCDで購入すると、時に癒し難い「これじゃない感」に襲われることがあります。ミシェル・プラッソンがトゥールーズ市立管弦楽団を振ったオネゲル交響曲第3番典礼風」と「パシフィック231」が収まった盤なんてまさにそうでした。LPを中古盤でたまたま購入して演奏と音質に感激、探してCDも購入し、「高音質ディスク聴きまくり」で取り上げてやろうと思ったら、通販で届いたCD(オネゲルの交響曲全集でしたが)は何とも元気のない輝きの失せてしまったようなサウンドでした。それでも他に取り上げる盤がない回には昇格させるべく、ずっと「補欠」として候補へ入れていたのですが、結局取り上げず仕舞いになっちゃったなぁ。

その点、この「火の鳥」は少なくともブルースペックCDを聴く限り、その心配はありません。もちろん全く同一の音質にはなりようがありませんが、それぞれにちゃんと良いところを聴かせてくれるので、アナログ/デジタル共通音源として大いに活用することとなりました。

またこのCD、「火の鳥」のほかにバルトーク「中国の不思議な役人」も収録されていて、それがまた素晴らしい演奏と録音です。お買い得の盤だと思います。

同じようにアナログ/デジタル両音源でリファレンスに使っている盤というと、ベルリオーズの「幻想交響曲」もあります。ご存じ米テラークの名盤、ロリン・マゼール/クリーブランド管弦楽団の演奏でです。マゼールがテラークに残した音源で至高のものといえば個人的には一も二もなくストラヴィンスキー春の祭典」だと確信していますが、あれは聴き始めると没頭してしまって試聴になりません。幻想交響曲くらい「耳タコ」になっていないと仕事に使うのは難しいものですね。

ベルリオーズ/幻想交響曲

CD
ベルリオーズ 幻想交響曲

ロリン・マゼール指揮、クリーブランド管弦楽団
米TELARC CD80076 ※輸入盤

キャリアの長いマニア諸賢にはいわずと知れた名盤であろう。佃煮にするほどある「幻想」の中で実のところ最も気に入った演奏というわけではないのだが、機器の音の違いを読み取ることにかけては極めて優れた音源で、LPと重複して所有していることもあり、試聴用リファレンスとして重宝している。

ただしこの盤、手元のLPは国内廉価盤なもので音質イマイチ、かつて友人宅で聴いた米オリジナル盤は比較にならない素晴らしいサウンドでした。CDもごくごく初期に買った盤なので、多分今買い直したらずっと高音質になっているんじゃないでしょうかねぇ。それでも試聴盤としては十二分なので結構活用しています。

ほかにも試聴に使う盤は山ほどありますが、レコードで昨今よく引っ張り出すのは「ヴォーン・ウィリアムズのさわやかな世界」という何ともトホホなタイトルの盤です。ネヴィル・マリナーが手兵アカデミー室内管弦楽団を率いてレイフ・ヴォーン・ウィリアムズの小曲を演奏した盤で、とにかく弦の美しさと深々とした音場の表現が一度聴いたら病み付きになります。霞がたなびくような弦の響きと、透明感よりも空気の濃厚さで聴かせるような音場感をどれくらい表現できるかがシステムによってコロコロ変わるので、試聴向きの音源ともいえますね。

ヴォーン・ウィリアムズのさわやかな世界

LP

ヴォーン・ウィリアムズのさわやかな世界

ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団
キング(英argo) SLA1066

これも中古で安く買った盤だが、針を落として驚いた。マリナーとアカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズの演奏は独特の音場感を持つものが多いが、これはまた格別である。試聴中にも没頭しないように気を引き締めておかねばならない、極上の聴き心地を持つ盤だ。

最近CDで引っ張り出すのはプロコフィエフの「アレクサンドル・ネフスキー」が多いかな。故・長岡鉄男氏の単行本「外盤A級セレクション(1)」の60番目に紹介されている、クラウディオ・アバドロンドン交響楽団の演奏です。「いやはやもうたいへんなもので、まさに大画面の映画を見る感じ」(同書、見出しより)という氏の印象そのままの目くるめく大展開が堪能できる盤です。

プロコフィエフ/アレクサンドル・ネフスキーほか

CD
プロコフィエフ アレクサンドル・ネフスキー
キージェ中尉、スキタイ組曲


クラウディオ・アバド指揮、ロンドン交響楽団、同合唱団、シカゴ交響楽団
独Deutsche Grammophon 447419-2 ※輸入盤

長岡氏が絶賛された「アレクサンドル・ネフスキー」のみならず、「キージェ中尉」と「スキタイ組曲」も大いにお薦めの演奏と録音である。後2者はLP時代には独立した1枚として売られていたので、CDは大変なバーゲン品ということにもなる。元気いっぱいだった若き時代のアバドの快演だけに、先日亡くなった彼を偲ぶためにもいい盤だと思う。

実はこれ、LPでも持ってはいるのですが、CDには「キージェ中尉」と「スキタイ組曲」(こちらはアバドとシカゴ交響楽団)も収録されており、そっちも素晴らしい演奏と録音なものですから、CDを聴く方が多くなっています。CDは高音質リマスターでありながら廉価盤として発売されているし、絶対のお薦め盤です。

SACDの試聴には、ラフマニノフ聖金口イオアン聖体礼儀」を愛用しています。かつては「ヨハネス・クリソストモスの典礼」という名で知られていた曲ですね。フィンランド・オンディーヌの音源で、シグヴァルズ・クリャーヴァ指揮/ラトビア放送合唱団という、いずれも日本ではほとんど知られないコンビによる演奏ですが、演奏/録音とも一聴して気に入り、以来愛聴することになりました。ラトビアの首都リガの大聖堂で録音された音源で、よく響く広大な空間のそこかしこからはね返ってくるクールな残響が直接音と、また間接音同士でも交じり合い、時にビリビリと干渉縞のようなノイズを発することすらありますが、それをどこまで分解することができるか、深いエコーの中から直接音をどこまですくい上げることができるかは、まさに装置次第といってよい盤です。

ラフマニノフ/聖金口イオアンの聖体礼儀

SACDハイブリッド
ラフマニノフ 聖金口イオアン聖体礼儀

シグヴァルズ・クリャーヴァ指揮、ラトビア放送合唱団
フォンランドONDINE ODE1151-5 ※輸入盤

収録されたリガ大聖堂はルーテル派のプロテスタント系だそうだが、ロシア正教のこの曲も実に素晴らしく響く。18世紀の建設以来、ソ連へ併呑されていた間も守り続けられた素晴らしい建物といってよいだろう。「聖金口イオアン聖体礼儀」はあまり多く録音される楽曲ではないだけに、これをもって当面の決定版としてもよいのではないかと思う。

もうすぐSACDで有望な試聴盤がたくさん登場してきますから、この項はこれから加筆が進むと思います。

昨今はモノーラルのカートリッジが結構な頻度で発売されるようになりましたから、モノーラルの試聴盤も用意しています。クラシックは米Voxモーツァルトフィガロの結婚」をよく使うかな。指揮はハンス・ロスバウト、現代音楽を得意とした往年の名匠ですが、モーツァルトもパリ音楽院管弦楽団を手際よく振っているという感じです。コーラスはエクス・アン・ブロバンス祝祭合唱団、歌手は全然知る人がいませんがなかなかの名人ぞろい、この辺はさすが廉価盤レーベルの雄Voxというべきでしょうね。

モーツァルト/フィガロの結婚

モノーラルLP
モーツァルト フィガロの結婚(ハイライト)

ハンス・ロスバウト指揮、パリ音楽院管弦楽団ほか
米Vox PL15.120 ※輸入盤

決して「優秀録音盤」と薦めるほどのものではないのだが、それでも声の太さと実体感は往年のモノーラルらしさが横溢、有名なアリアが次々飛び出してはお決まりの拍手で次へつないでいくという感じの、何ともお気軽な音源である。

録音については肉太で生々しい歌手とずいぶん奥へ控えたオケ&コーラス、そして明らかに後付けのわざとらしい拍手という半世紀前までしばしば見られた演出の盤ですが、声の表現力だけでも十分試聴に使える盤です。

あらら、アナログとCDだけでずいぶんなスペースを食っちゃったな。ジャズやポップスとハイレゾに関してはまた稿を改めますね。

CDボックスはリッピングして楽しもう2014/02/20 01:46

リファレンス・ソフトのクラシックについて書いてたら、ずいぶんな文字数になっちゃったものでエントリを分けました。ここではちょっとPCオーディオ系音源について話しましょうか。

お恥ずかしい話なんですが、私はごく最近になるまでワーグナーの面白味が全然理解できませんでした。わが家にもワーグナーは何セットかありますから、好きになれるかと何度もチャレンジはしていたのですが、「ところどころに心掻きむしる、あるいは血沸き肉踊る展開が埋め込まれてはいるものの、あんな長いものをよく聴いていられるものだ」なんて感想にとどまってしまい、結局好んでトレイへ載せるようにはならなかったものです。

ところが、最近になって「ニーベルングの指輪」のCDをリッピングしてPCへ収めたんですよ。それで改めて再生してみたら何たることか、実にスルスルと耳へ入ってくるじゃないですか! いっぺんに通しで聴き切ってしまいました。ワーグナーがこんなに楽しかったなんて!

「ただリッピングしただけなのに、一体どこが違うんだろう?」とひとしきり考えてみたんですが、何のことはない、「ディスクのかけ替えがいらない」というポイントに尽きるんじゃないかと。手元の「指輪」はCD14枚組で、「ラインの黄金」だけでも2枚のCDを要しています。CDで聴いていると音楽が途中で途切れてしまい、かけ替えの際に「また今度でいいや」なんて思っちゃったが最後、その「今度」はもう当分訪れることはなく、結局どこまで聴いたかも分からなくなり、ということになりがちだったのです。

その点リッピング音源なら尺を気にせず1曲を1フォルダにまとめることが可能ですから、途中で止まる心配がありません。しかも、私は各楽曲ごとに作ったフォルダの下位へさらに幕ごとのフォルダで分類してありますから、楽曲を通しで聴くことも幕ごとに聴くことも可能になっています。非常に自由度が高いんですね。

同じことをCDでやろうとすると、ライナーノーツ首っ引きで盤をかけ替えながら行わなきゃいけませんでした。ゆったりとした気分で音楽鑑賞というにはいささか遠い営為といわざるを得ませんね。ましてLPレコードはA/B面もありますから、どれほどの手間であろうかと思うといささかウンザリするところなきにしもあらずです。

いや、もちろん故・長岡鉄男氏も絶賛されたショルティ/VPOの金字塔をアナログで聴いた際の感動もよく分かっています。所有している友人が少なくなく、いろいろな環境で聴かせてもらっていますからね。でも、それと「何も気にせず音楽のみに没入できる」喜びとは、全く別のジャンルに収めなければならないものだと思うのです。

ちなみに私が愛聴している「指輪」はギュンター・ノイホルト指揮、カールスルーエ・バーデン州立歌劇場のライブ盤です。私が買った時で確かセット2,000円したかどうか。だいぶ為替が下落した今なお3,000円も出さずに買えるウルトラ激安盤です。ちょっと前にクラシック・ファンの間では評判になりましたから、ご存じの人も多いでしょうね。

ニーベルングの指輪

CD

ワーグナー ニーベルングの指輪 全曲版

ギュンター・ノイホルト指揮、カールスルーエ・バーデン州立歌劇場管弦楽団、同合唱団ほか
独DOCUMENTS 224056 375 ※輸入盤

元はベラ・ムジカというレーベルから発売されたセットで、それがオランダのBrilliantで廉価盤となり、その数年後さらにMembran-Documentsで廉価盤化されるという数奇な運命をたどった音源。元の値段からしたら10分の1くらいになっているのではないだろうか。演奏・録音とも十二分に鑑賞に堪える、素晴らしいボックスセットである。

ならば演奏・録音はどうかというと、これが結構健闘しているんですよ。ブリュンヒルデがちょっと音域が伸び切らなくてヒイヒイ言っているのを除けば、歌手陣は入れ込みすぎず、流しすぎずでいい感じに歌っているし、オケはライブの割に傷が非常に少なく、安心して聴いていられるのは驚くばかりです。カールスルーエ・バーデン州立歌劇場管弦楽団というとあまり著名な楽団じゃないと思うんですが、欧州の各地方に昔から根付いているオペラ文化の深みに触れるような気がする演奏です。

対するにわが地元、日本有数の音響を誇る小ホール「田園ホール・エローラ」を作ってもう20年以上にもなるというのに、常設の楽団が存在していません。オペラを持てとまで無理はいわないから、せめて室内管弦楽団か、それが無理なら弦楽合奏団くらい持てないものかと思い、地元の議員に陳情したりもしているんですが、文化に理解のある議員が絶望的に少なく、なかなか先へ進まない状況です。地元に音楽科を持つ高校があり、そこの卒業生からプロになった人を集めるくらいのことはできないのか、などと素人は考えちゃうんですけどねぇ。

すみません、グチになっちゃいました。

一方、LPの時代からCDになっても、一定以下の尺の作品には「オマケ」として小曲が付属していることが多いものですよね。まとめて買うこともなかなかないし、そういう機会でもないとまず聴かないだろうという曲が手元に増えるのは喜ばしいことでもありますが、あれは一面で困ったことも引き起こしかねません。

要は、大きな曲が終わって感動の余韻に浸っていると、次の曲が始まってしまうのですね。エンディングの曖昧な曲になると、別の曲が始まっているのに気がつかず、そのまま記憶へと刷り込まれてしまい、むしろ曲を単独で聴くと違和感を生ずるようにすらなってしまっていたり。学生時分に買い込んだニールセン交響曲第2番(CD)は「アラジン」組曲が一緒に入っていましたが、おかげで2番が終わったら自動的に「アラジン」が始まるような条件反射が身についてしまい、他の演奏を聴いた時に違和感が残って仕方なかったものでした。まだまだたくさんそういうCDやLPが手元にあります。

ニールセン/交響曲第2番ほか

CD

カール・ニールセン 交響曲第2番、「アラジン」組曲

チョン・ミョンフン指揮、イエテボリ交響楽団
スウェーデンBIS CD247 ※輸入盤

長岡鉄男氏の「外盤ジャーナル」によると「BISとしてはベストではない」ということだが、実際に聴いてみるとそれでも結構な高音質である。広大な音場の奥にオケがくっきりと定位、遠くの音像が楽員1人ずつ数えられるような解像度で耳へ迫る。このアルバムは私のオーディオにおける成長の過程を見守ってきてくれたものでもあり、そのうちまた別エントリで詳述したいと思う。

PCオーディオならそういう心配はありません。がんがんリッピングしておいて、PCのHDD(あるいはNAS)上で編集してフォルダを分けておけば選曲時にも"混じる"ことがありませんし、そうまでしなくても再生時にトラックを選べばいいのですから、LPはいうまでもなく、CDのプログラム再生ほどの手間も必要ありません。

ちなみに私はiTunesなどの楽曲管理ソフトは導入せず、HDDにジャンル別のフォルダを作って作曲家の名前でアルファベット順に並べるようにしています。メディアプレーヤーはfoobar2000を主に使っていますが、聴きたい曲をドラッグ&ドロップして再生、聴き終わったら削除するという繰り返しで、何不自由なくPCオーディオ生活を営んでいます。

最近はレコード会社が各社工夫して少しでも安価に商品を提供しようとしているのがありがたいところです。中でもジュゼッペ・シノーポリが残したマーラーの名演を、「嘆きの歌」を除いてしまったのは残念ですが、それだけで15枚組から12枚組に圧縮し、価格を3分の1ほどにまで下げた「エロクエンス」ボックスセットは、金のないマーラー・ファン、そしてシノーポリ・ファンにとって大いなる朗報でした。

マーラー/交響曲全集

CD

マーラー 交響曲全集

ジュゼッペ・シノーポリ指揮、フィルハーモニア管弦楽団、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
独Deutsche Grammophon 480 4742 ※輸入盤

前々から欲しかったが高価でなかなか購入するに至らなかったシノーポリのマーラー全集が安く再発されたというので喜んで買ってみたら、ひどく聴きづらいセットだった。そういう印象をお持ちの人も多いのではないか。こういう組み物こそリッピングで自ら整理して聴くのが一番だと思うのだ。

しかしこのセット、1枚目に第1番と第2番の第1楽章、2枚目には第2番の残り、3枚目は第3番の5楽章までが入り、4枚目は3番の6楽章に続いていきなり7番の3楽章までが入れられ、5枚目は7番の残りに続いて8番の8曲目まで、6枚目は8番の残りに「さすらう若者の歌」が詰め込まれ、7枚目は「大地の歌」全曲に第4番の第1楽章、8枚目は4番の残りに「亡き子をしのぶ歌」、9枚目は第5番の全曲、10枚目は「若き日の歌」より6曲が入ってから第6番の3楽章まで、11枚目は6番の4楽章に9番の第2部まで、12枚目は9番の残りと10番(第1楽章のみ)と、いやはやもう限られたCDの器の中へ効率的に詰め込むことのみを目標とした、シッチャカメッチャカな曲順と途中の仮借ないぶった切りが大きな特徴なのであります。

それにしても上の段落、読みづらいことこの上ないですねぇ。全部読んで下さった方には謹んでお詫び申し上げます。

そんなゴチャ混ぜブツ切りのボックスセットなものですから、私も買ったはいいもののなかなか手が出ないという状況で、しばらくCDラックの片隅でアクビをしていたものでした。

そんな私も仕事柄の必要に駆られ、また個人的な興味もあってPCオーディオを本格的に開始します。あんまりハイレゾ音源を大量に買う予算もないものですから、手元のCDをどんどんリッピングし始めました。そこで真っ先に思いついたのがこのボックスです。リッピングさえしてしまえばあとはこっちのもの、前述の通り曲別にフォルダ分けして整理してやれば、いつでも盤のかけ替えなしに楽しむことができるようになるのです。おかげでこのボックス、今では最も再生頻度の高い音源のひとつになっています。

これはジャズなんかでも全く同じ事情です。ジャズやポップス系のリファレンス・ディスクについてはまた別項を設けますが、リッピング音源だけちょっとここで触れておきましょうか。

この後のエントリで詳述しますが、ジャズのリファレンスで最もよく使っているビル・エヴァンスワルツ・フォー・デビイ」のCDがまた困ったことに、サービスのつもりで別テイクや未採用曲をボーナス・トラックとして収録しています。それらの楽曲自身はちょっと面白いもので、資料的な価値は実に高いというべきでしょうね。

しかし、本テイクに隣接させて別テイクを置いてある構成がどうにもいただけません。おかげで元のLPと曲順が違ってしまい、聴いているとイライラと違和感ばかりが募ってしまうのですね。同じ曲が何回もかかるわけですし。

というわけで、こちらも早々にリッピングしてボーナス・トラックだけ別フォルダへ収めました。これでずいぶん聴きやすくなり、試聴のみならず、執筆時のBGMとしても大いに役立ってもらっています。

また、今時は往年のジャズ・ジャイアンツが残した名盤をまとめて、俄かには信じられないような安値で売っているんですね。先日買ったマイルス・デイヴィスのCD10枚組(LPにして何と20枚組)は何ともはや、1,900円くらいでした。「こりゃ安い買い物だった」と喜んだらそれでもまだ底値ではなく、1,680円なんて値札をつけてる店も後から見かけましたからね。私が買った値段でもマイルスの名盤1枚あたり95円ですよ! 全くもってありがたいというか、ジャズ・ジャイアンツに申し訳ないというか。

Miles Davis Twenty Classic Albums

CD

マイルス・デイヴィス TWENTY CLASSIC ALBUMS
英musicmelon RGJCD246 ※輸入盤

1950年の「クールの誕生」から1958年「マイルストーン」までの20枚を凝縮したボックスセット。音も決して悪くない。かなり真面目に作られた組み物というイメージが濃厚に漂うセットである。

でも、そんな規模の大きな組み物を買うと、通しで聴くのも大変です。そんな時に一番敷居を下げてくれるのはやっぱりリッピング音源にしてしまうことだと思うんですね。最初はかなり大変で、特にアルバム名や曲名を「後から編集すりゃいいやぁ」とばかり最初から入れておかずにいると、必ずといっていいくらい何が何やら分からなくなり、せっかくリッピングしても宝の持ち腐れとなってしまいます。必ず曲名やアルバム名をしっかりと編集してからリッピングすることを薦めます。

そうやってきっちりアルバム20枚分のリッピング音源が整ってから、既に一体私は何回通しで聴いたかしれません。もちろん気に入ったアルバムは何度も単独で聴いていますし、実に快適至極です。

勢い余ってデイヴ・ブルーベックのクラシック・アルバム20枚組も買っちゃいました。こちらは再安の1,680円です。全く同じようにリッピングし、大いに楽しんでいます。

Dave Brubeck Twenty Classic Albums

CD

デイヴ・ブルーベック TWENTY CLASSIC ALBUMS
英musicmelon RGJCD318 ※輸入盤

こちらも音質はそこそこ良好、たっぷりと楽しめるボックスセットである。

思えば、前述のシノーポリによるマーラーやこういうジャズの大きな組み物は、表立っては言わないとしても、レコード会社としては「リッピング用」と考えているんじゃないかと考えられる節があります。件のマーラーなんていくら安くたってそうでもしないと不便でそうそう聴く気にならないんですからね。今はMP3で音源を配信している会社も数多くあり、もちろんハイレゾ音源もたくさん登場してきてはいるのですが、まだまだCDの製盤工場も稼動させないと赤字が蓄積してしまうし、ということで、CDの延命策として「リッピング用CD」というものを売り出しているのではないか、と考えるわけです。

こういう組み物はまだまだあり、私も散々買ってきたし、これからも買っていくだろうと思います。でも、リッピング前提でないとここまで購入意欲は出なかったろうな、とも。皆さんもぜひどんどんCDをリッピングして快適PCオーディオ・ライフを送ろうではありませんか。