仕様変更~文字を大きく2014/01/24 17:34

小生、自分が老眼のクセにブログの文字がずいぶん小さいことを気には病んでいたんですが、「眼鏡をかけたら見えるからいいか」と放置していました。でも、やっぱりこれじゃ見えにくいこと甚だしいというものですよね。

というわけで、ご同輩からお叱りを頂く前に、fontタグを使って1段階文字を大きくしました。デフォルトで文字のポイント数を決められるとよいのですが、どうもやり方が分からなかったもので、逐次やっていくこととします。

これからも末永くお付き合いを賜りますよう、お願い申し上げる次第です。

私がブログを始めたわけ2014/01/18 17:05

2本目のエントリでは、どうしてブログを始めることにしたか、綴っていくことにしましょうか。

いや、話せば簡単なことなんですがね。私がかつて編集部員として在籍していたオーディオベーシックというオーディオ雑誌がありました(共同通信社・刊)。いろいろ紆余曲折はありましたが、1970年代の前半に創刊された別冊FMfanという名門オーディオ雑誌の系譜を引く本です。

別冊FMfanの頃は毎号、故・長岡鉄男氏のスピーカー工作とこちらも先年亡くなられた上杉佳郎氏ほかによるアンプや便利グッズ類の自作記事が載っていました。同時期に連載されていたオーディオアクセサリー誌(音元出版・刊)の「長岡鉄男のワンダーランド」にも長岡氏はよく工作記事を掲載されていて、慢性的に金のなかった学生時分の私はいつも両誌の新刊が出揃ったところでどちらか記事の面白い方を購入する、ということをやっていたものです。

その後、1980年代の末頃に別冊FMfanはAV FRONTという名前のオーディオビジュアル雑誌へ模様替えをします。当初こそ別冊時代の面影を色濃く残した作風でしたが同誌はどんどん"本格的"オーディオビジュアル雑誌へ進んでいき、それとともに工作記事は見る影もなく減っていってしまいました。

その頃は専らFMfan本誌でスピーカー工作記事を掲載していましたが、いくら「業界一マニアックなFM雑誌」と呼ばれたFMfanでもそこはオーディオ雑誌ならぬ身、頑張っても獲得ページにはおのずと限界があり、年に2~3作が限界です。

でも、別冊から本誌へ引き継いで連綿とシリーズ掲載を続けた長岡氏の鳥型バックロードホーンは1992年のスーパースワン、そして97年のモアというオーディオ史に残る傑作を生みましたから、それなりに誇っていい成果だったと思っています。

そうこうしているうちに、1992年でAV FRONTは廃刊されてしまいました。そしてしばらく間を置き、特別編集のムック本扱いではじめてのオーディオを出すことによって共同通信社はオーディオ雑誌を復刊、半年後にオーディオベーシックという誌名で本格的にオーディオ・ジャーナリズムへ復帰します。

初代編集長は「はじめてのオーディオ」から「オーディオベーシック」を創刊するに当たって、「日本のオーディオ雑誌はマニアックな記事や高額の機器をレポートしたページは多いが、ビギナーに優しいものが少ない。どうせ新しく始めるならわれわれは若い人へ向けた"入り口"を目指そう。うちから"卒業"していく読者がいてもそれはかまわないじゃないか」という方針を掲げました。誌名にもその志が表れていますね。その使命感は大切なものでしたし、当時FMfanに在籍していた私も大いに共感したものでした。

しかし、そういう方針になると、とりわけマニアックな自作記事が減少してしまうのはもう致し方がありません。当時の編集担当にしても頑張っていたとは思いますが、スピーカー工作は「時折思い出したように掲載されるスポット記事」以上にはなりませんでした。

その後オーディオベーシックも編集長が代々替わり、組織の変更もあって、当初の方向性とは徐々に違う雑誌へと変貌していきました。「お前もちょっと手伝え」と私も引っ張られ、FMfanと2足の草鞋を履いていたこともあります。

ちょうどのその時期に当時の編集長代理へ承認を受け、私がオーディオベーシックでも長岡氏にお願いをして工作記事を製作し始めました。続いてオーディオ諸国漫遊記という読者訪問を、さらにディスク・フラッシュという高音質ソフトのレビュー・ページも開始、何のことはない、かつて長岡氏が別冊FMfanで連載されていた「自分で作ってみるページ」「長岡鉄男のオーディオ・クリニック」「外盤ジャーナル」を復刻したみたいなものなんですがね。

それで1998~2000年頃のオーディオベーシックは結構活気があったのではないかと思うのですが、そんな体制を固めたところで突然長岡氏が亡くなられてしまったものですからもう大変でした。

「諸国漫遊記」は最もコストのかかる取材だったもので長岡氏なしには成立しない企画でしたが、工作記事は何とか私がオリジナルの図面を引き原稿を書くことで2002年に復活、「ディスク・フラッシュ」は市川二朗氏と高崎素行氏のお2人と私の鼎談形式による高音質ディスク聴きまくりとして、どうにか火を絶やさずに続けることがかないました。市川さんも高崎さんも長岡氏の弟子筋というか、アドバイザー的な役割を果たしてこられた人たちなので、長岡氏のセレクションとそう大きく外れるようなことはなかったんじゃないかと感じています。

いつしか私はライター仕事の方が多くなり、編集者の看板を下ろして「オーディオライター」となりました。その頃にはスピーカー工作記事をレギュラーで載せている雑誌が3冊ありましたが、音楽之友社ステレオには浅生昉氏、誠文堂新光社無線と実験には小澤隆久氏、そして「オーディオベーシック」には私、という具合に棲み分けがなされていたような状況です。

ところがオーディオベーシックはガウディオと改名した後、3号でその命脈が尽き、廃刊の憂き目を見ることに。ウェブ版が続けられてはいるようですが、同じものというわけにはいかないでしょうね。

これまでも何度か頼りにしていた雑誌の廃刊には立ち合いましたが、このたびの「ガウディオ」廃刊は少々私にとって打撃が大きすぎました。下世話な話をすれば収入もかなり下落しましたが、それより何よりスピーカー工作の発表媒体を失ってしまったことがあまりにも大きな痛手です。1誌なくなってしまったからといっておいそれと別の雑誌が企画を引き受けてくれるはずもなく、このままでは新しいユニットが出てきても、また新しいキャビネットの腹案が浮かんでも、私の作例は発表できなくなってしまいます。

幸い「ステレオ」誌が何回か私の作例を掲載してくれましたし、長年憧れだった評論家競作にも昨年から参加させてくれましたが、それでもあまり大先輩の浅生さんを邪魔するわけにもいきませんしね。

現に昨年の夏に登場したフォステクスの限定ウーファー+トゥイーターの作例は、設計・製作して記事にもまとめたものの掲載誌がなく、やむなくpdf化してプリントアウト、東京と大阪の発表会場へお見え下さったお客様のみへ配布するという、甚だ小規模なこととなってしまいました。 近々そのpdfをこちらのブログで公開しようと思います。でも限定ユニットだし、まだ買えるのかどうかをまず確かめてからということになりますね。

そしてこの1月、フォステクスがまた大変に魅力的な限定ユニットをリリースしました。われわれスピーカー自作派にとって永遠のリファレンスFE103の生誕50周年記念モデル、FE103-Solです。

こんなヨダレが出そうなユニットをみすみす見逃すわけにはいきません。何としてもこれでいくつかスピーカーを作って発表したい、それがブログ開設のモチベーションとなりました。もういくつか腹案はできかかっています。そう遠からず、皆さんへ御目文字のかなう日がくると思います。

あれれ、「話せば簡単なこと」なんていっておきながら、ずいぶんな長話となってしまいました。あっさり終わる回もあればこうやってグダグダとムダ話の続くエントリもあるかと思いますが、どうか気長にお付き合い下さいませ。

オープンのご挨拶2014/01/18 13:56

皆さんこんにちは。炭山アキラです。何とも遅ればせながら、このたびブログを開設することにしました。オーディオのお客様以外の方へ向けて、まずは自己紹介から始めましょうか。

炭山アキラ(スミヤマアキラ)。もうすぐ50歳を迎えるオーディオライターです。普段は音元出版の「オーディオアクセサリー」「アナログ」「ネットオーディオ」他の各誌、また音楽之友社「ステレオ」誌などに文章を寄せています。

ライターになる前は、今はなきFMfan誌(共同通信社)で編集者をやっていました。2000年の5月に亡くなられたオーディオ評論家・長岡鉄男さんの担当編集者として、連載「ダイナミックテスト」やスピーカー工作ページの担当を務めていた者です。

長岡氏との思い出話は、おいおいこちらへエントリしていきたいと思います。6年ほどの短い間でしたが、先生とは本当にいろいろ仕事をさせてもらったし、人生の指針も数え切れないほどもらいましたからね。ほんの僅かずつでもお読みいただいている皆様にお裾分けできれば、などと僭越なことを考えておるわけであります。

長岡氏が突然亡くなられ、"書き手"を失ってしまった編集者の私は途方に暮れました。当時は特にスピーカー工作の分野は長岡氏があって初めて成り立っているといっても過言ではないくらい氏の影響が強いジャンルでしたから、突然ぽっかりと空いてしまった大穴をなす術もなく見守っていた、といった具合でした。

しかし、いつまでも放心状態ではいられません。巨星が墜ちてもスピーカー工作は続けていかなければならないのです。もともと私自身にしてからが、ふとしたことからスピーカー工作を始めて長岡鉄男という人に憧れ、この業界へ入ってきたのですから、「火を消すな!」という甚だ蟷螂の斧的な使命感ではありましたが、慌てて自ら設計・製作したスピーカーを誌面へ発表し始めた、という次第です。

そういう経緯なものですから、このブログは自作オーディオ、とりわけスピーカー工作を応援するものとなっていくだろうと思います。まぁスピーカーだけでなく、そのうち自分の勉強も兼ねてアンプの自作入門なんかもやってみたいと思っていますが、さてどこまで上手くいきますやら。

ほか、雑誌で書き切れなかった内容や差し障りのない範囲の裏話、自宅リスニングルームでの実験、日常の身辺雑記などを含め、できるだけ頻繁に更新できるよう頑張ります。

ただし、毎年2、5、8、11月とその前後1週間くらいは雑誌の締め切りが重なるために忙しくなりがちなものですから、更新がしばらく途絶えることもあることと思います。そんな時期も、どうか温かく見守っていただけると幸いです。

それでは、また。