FE103-Solを聴いてきました2014/02/14 09:23

2月は早速いろいろと立て込んで更新を途絶えさせてしまったことをお詫びします。でもようやく締め切りの第1次ピークも何とかやり過ごし、先日、昭島のフォステクスカンパニーまで取材へ行ってきました。ほかでもない、もうすぐ登場する限定ユニットFE103-Solの音を聴かせてもらいにです。

FE-103-Sol

フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE103-Sol ¥6,500(税抜き、1本 4月中旬発売)

●口径:10cm ●インピーダンス:8Ω、16Ω ●再生周波数帯域:f0~40kHz ●出力音圧レベル:90dB/W/m ●最大入力:15W(MUSIC) ●最低共振周波数(f0):85Hz(8Ω)、88Hz(16Ω) ●実効振動質量(m0):2.5g(8Ω)、2.4g(16Ω) ●共振尖鋭度(Q0):0.44(8Ω)、0.54(16Ω) ●実効振動半径(a):4.0cm ●マグネット重量:226g ●総重量:0.65kg

■問い合わせ先:フォステクスカンパニー http://www.fostex.jp/

比較対照のためにレギュラーFE103Enの画像とスペックも貼っておきますね。手練のスピーカー工作者なら、ごく微妙に、しかし興味深いところが違っているのがお分かりになることでしょう。

FE103En

フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE103En ¥5,000(税抜き、1本 発売中)

●口径:10cm ●インピーダンス:8Ω ●再生周波数帯域:f0~22kHz ●出力音圧レベル:89dB/W/m ●最大入力:15W(MUSIC) ●最低共振周波数(f0):83Hz ●実効振動質量(m0):2.55g ●共振尖鋭度(Q0):0.33 ●実効振動半径(a):4.0cm ●マグネット重量:193g ●総重量:0.58kg

私の住む東埼玉から昭島というと距離にすれば結構なものですが、JR吉川駅から武蔵野線で西国分寺まで行って中央線に、立川で青梅線に乗り換えれば到着です。時間的には自宅から駅までのバス移動を加えても片道1時間半程度、都心へ出るのとそう大きくは変わりません。

昨年までよく通っていたフォスター電機の本社ビルは青梅線で昭島駅の1つ手前、中神駅から徒歩圏でしたが、このたび竣功した新・本社ビルは昭島駅に近くなりました。大変デラックスで優美な建物だなと思っていたら、2013年の経済産業省グッドデザイン賞を受賞しているんですね。こういう建物にも賞典があるということを初めて知りました。

フォスター電機・新社屋

竣功間もないフォスター電機の新社屋。大変に瀟洒で粋な作りながら社員の動線がよく考えられ、セキュリティをしっかり確保しながら頑丈な間仕切りによる閉塞感もないという、素晴らしい環境のビルだった。

新装成ったフォステクスカンパニーの試聴室へ招き入れられ、座学の後に試聴です。新築の部屋というとともすれば嫌な響きがまとわりついたりスピーカーの音がなじまなかったりしがちなものですが、そこはさすが巨大スピーカーメーカーだけのことはありますね。全く嫌な響きがつかず、といってデッドに走るでもない、素晴らしい居心地の部屋になっていました。部屋へ入って自分の声を聴くだけで「うわ、こりゃダメだ!」とか「あぁ、この部屋は大丈夫だ」といったことはたいてい分かるものですよね。

当日の取材順通り、ここで改めてFE103-Solの概要についておさらいしておきましょう。同ユニットは自作派にとって永遠のリファレンスといいたくなる名器FE103の誕生50周年を記念して開発されたユニットで、外観はシリーズ最新作FE103Enの色違いバージョンのように見えますが、何といってもあの社が作る限定ユニットです。一筋縄で開発が終わっているわけがありません。

まず、振動板はFE103E以来のバナナパルプ系ESコーンと共通性の高い素材を使いながら、同社独自の2層抄紙技術を採用、1層目には長繊維のパルプを使って剛性を確保、2層目に短繊維のパルプを用いることでヤング率を高め、ボイスコイル・ボビンから振動板へ伝播する音速を高めています。振動板の強度とヤング率はある程度バーターにならざるを得ない項目のようですが、その両者を高度に両立するための新技術といってよさそうですね。

もっとも、2層抄紙自体は新しいレギュラーユニットFF-WKシリーズで既に実用化されていますから、この次FEシリーズがモデルチェンジしたらSolの技術が採用されるかも、という期待にもつながりますね。先日Enにモデルチェンジしたばかりだから、次がいつになるかは分からないけれど。

初代103とEn、そしてSolの振動板を触り比べさせてもらいましたが、明らかに初代と比べてEn(多分Eから)はしなやかで強いコーンになっていることが分かります。しかし、Solはもう比較になりません。強い腰を持ちながらいわゆる業務用ユニット的なハードプレスとも違う、独特の触感です。「プレス時にはできるだけ力をかけないよう現場に頼み込んでいます」とエンジニア氏。ノンプレスとまではいきませんが、かなり繊維の圧縮が少ない、すなわち内部損失も大きめのコーンのようです。

ちなみにセンターキャップも同じ2層抄紙で作られています。レギュラーのFE103Enと並べて見比べると、センターキャップが少しだけ大きく見えるのですが、大きさ自体は全く同じだそうで、ボイスコイルボビンへの接着法が少し違うせいで僅かに出っ張って見えるのだとか。

ボイスコイルボビンはグラスファイバーにフェノールを含浸した素材が採用されています。フェノールといっても物性により音がコロコロと違い、最適の材質へたどり着くのにかなりの時間を要したとか。Solは40kHzまでの再生限界を誇るユニットですが、このボビンを開発したことによってそれが可能になったのだということです。

ボイスコイルは初代FE103以来一貫して変わらない線径の銅線を採用していたそうですが、Solは少し太くしているとか。このたびは16Ωのユニットも登場してきましたが、もちろん8Ωユニットと線径は違います。

ダンパーも新開発で、より振幅の大きな波型ダンパーとなっています。レギュラーのEnとコーンを押し比べてみましたが、Solの方が明らかに抵抗が少なく、長いストロークをストレスなく動く感じでした。

コーン、センターキャップ、ダンパー、ボイスコイルボビンを同一のポイントで接着することにより振動の基点を明確化し、接着剤などの不安定要素を極限まで減らす3点接着方式もSolには採用されています。見た目には全く分からないごく小さなポイントなんですが、これは音質向上の核心的技術というべきものですから「これ、レギュラーにも採用できないんですか?」と聞いてみたら、生産ラインを作り直して工程をいくつか増やさないと採用は難しいのだとか。やっぱり限定だから採用できる贅沢な方式のようです。

磁気回路も一変しています。まずマグネットが初代103以来のφ80×10mmからφ80×12mmに厚みが増しました。といっても、「スーパー」のように駆動力を増してよりオーバーダンピングにするという意図ではなく、あくまでチューニングの問題じゃないかと思います。

というのも、Solには磁気回路のポールピースに銅キャップが装着されているのです。銅キャップは磁気歪みを低減し、また高域方向のインピーダンス上昇も抑えることから音質向上へ大いに寄与するパーツなのですが、絶対的な磁束密度は銅キャップなしの磁気回路よりいくらか下がる傾向があるのです。Solはまたポールピースに加えてマグネットの内周付近にも銅キャップを加えているものですから、さらに磁気歪みは下がっているものと推測されますが、やはり何らかの磁束アップ対策を講じねばならなかったということでしょう。

それではなぜレギュラーのFEには銅キャップが装着されていないのかというと、「銅キャップなしでも高域がよく伸びてしまっていて、チューニング上必要なかったから」だとか。確かに初代FE103でも18kHzまでしっかり伸びていましたし、現行のEnでは公称22kHzとなっています。フォステクスの"公称"は一般メーカーとは比較にならないくらい基準が厳しいので、このデータは額面通りに捉えて問題ありません。

一方、Solはいわゆる「バックロードホーン(BH)向け」オーバーダンピング・ユニット的に中域から上が上昇していますが、これこそが銅キャップの効果(高域のインピーダンス上昇を抑える=出力音圧レベルが上昇する)なんだろうと推測できますね。それが耳障りになるのか、はたまた銅キャップの効果による歪みの低下で伸びやかさとして聴こえるのか、データを見た段階で興味津々でした。

こうやって見ていくと、前述の通り単なるカラーバリエーションに見えかねないSolですが、レギュラーから引き継いでいるのは初代以来のフレームとEnで新しくなったエッジのみということが分かります。あ、205サイズ・ファストン対応の端子もそうか。総じていうと見えないところに苦心と贅を凝らしたユニットということができるでしょうね。

これで価格はレギュラーの1,500円増しというから、大変なバーゲン価格というほかはありませんね。もともと同社は「限定ユニットで商売は考えていない」ということですし、ある種の「顧客サービス」という意味で割り切っているのでしょうね。それで8Ωのユニットが限定1,500本、16Ωが800本というから、これはあっという間に品切れになってしまうことを懸念せざるを得ません。「これは!」と思われた人はお早めに販売店へ発注しておかれるのがよろしいかと思います。

FE103-Sol特性

FE103-Solの周波数特性とインピーダンス・カーブ。これは8Ωのものだが、16Ω版もインピーダンス・カーブの位置が高くなる(=インピーダンスが上昇している)ほかは全く見分けがつかない。

なお、Solは8Ωと16Ωで特性データが僅かに違います。往年のFEや初代FFなどにあったインピーダンス違いのバージョンでは全く同じデータでしたから、キャリアの長いマニアで「おやっ?」と思われた方もおられようかと思います。エンジニアに話を聞いてみると、そもそもインピーダンスを違えたら他の条件をしっかりと揃えても同じ特性にはならないのだとか。往年の開発陣はそのあたりを上手く丸めていたのでしょうね。今回のSolにしたってそう大きくは違っていませんし、f特のデータなんてインピーダンス・カーブが添付されていなかったら見てもどっちの特性かまず区別はつかないことでしょう。

FE103En特性

ちなみにこっちはFE103Enの特性図。インピーダンスが高域へ向けて大きく上昇し、中高域がSolよりもややフラットめに出ていることが分かる。これは明らかに銅キャップの有無が影響していると見て取ることができるだろう。

さて、座学が終わり試聴にかかります。弦と声のクラシック系ソースを中心に、FE103EnとSolの8Ω、そして同16Ωの聴き比べです。キャビネットは内容積6.6リットル、バスレフのチューニングは80Hzより少し上のバスレフ型と、3機種とも全く同じものを用います。このキャビネット自体は非常に標準的な103用というか、Σやスーパーでなければどれをマウントしてもちゃんと鳴る、「標準箱」というべきものですね。

まずFE103Enから音を聴きましたが、これはこれで実によく慣れた「わが地元」という感じの音です。現在のメイン・リファレンスがFE206Enを使った「エアホーン」なんですからそれも当然といっていいのでしょうね。レンジは無理して広げた感じがなく、といって不足もほとんど感じさせない絶妙の線です。

続いて8ΩのSolを聴きましたが、もう最初の1音が出た瞬間から音の品位がまるで違っていることに気づかざるを得ません。特にすごいのは中高域の歪感の少なさです。歪率を実測したデータを見せてもらったんですが、特に耳へ障る3次高調波が5kHz以上で大幅に下がっていることがデータからも裏付けられました。それがまたはっきりと耳に聴こえてくるのはもう面白いくらいでしたね。コーンとセンターキャップ、ボビン、ダンパーのすべてが高品位化され、3点接着で曖昧な成分を排除し、磁気回路へ二重の銅キャップを加えることで磁気歪みも大幅に低減するという、Sol開発陣の苦心がそのまま表れたようなサウンドであったろうと思います。

続いて16ΩのSolです。全く同じキャビに取り付けているというのに、こちらはややゆったりとした鳴り方に聴こえます。低域方向はスピード感を保ちつつ一段と自然なたたずまいを聴かせます。こちらに比べると8Ωはどこか「無理やりダクトから低域をひねり出している」感が否めません。一方、音場感は8Ωが少し広いように感じられ、16Ωでは音像の奥行き感がやや前進してくる感じもあります。

この感じは明らかに、僅かではありますが駆動力に差が出ているということであろうと推測されるものです。8Ωの方がパワフルで音場もよく表現するが若干低域にクセがあり、16Ωは自然に低域を放射するけれど少しだけ音場感が狭くなる。こう対比すれば明らかですね。Q0のデータが8Ωは0.44、16Ωは0.54となっているのがまさにそれを裏書きしているのではないかと思います。

開発エンジニアのSさんも「BHを作るなら8Ωがお薦めです。バスレフはどちらでもかまいませんが、16Ωは真空管アンプと組み合わせるのもよいでしょうね」とおっしゃっていました。なるほど、実際に音を聴いてもちょうど納得の行く方向性だと思います。

お次はBHの試聴です。「まだ取扱説明書に掲載するBHは検討中でして」ということで、FE126Enの純正箱BK126Enにマウントされたものを聴くこととなりました。FE103EnよりSolの方が一回り器が大きくなっているので、BK103Enでは少し不足が感じられたとか。

音が出た瞬間、「あ、俺はこっち側の人間だわ」と納得のサウンドです。BHらしい音離れの良さ、力感、スピード感をたっぷりと味わわせながら、音楽を豊かに、そして大スケールに描き上げるこの表現力は、BHなくしてはなかなか得られないものだと思います。

面白くなって私もメインシステムに持参のPCを接続し、ハイレゾをバンバンかけていきます。フォステクスのリファレンスがアキュフェーズで、DACのDC-901は音元出版のレファレンスと共通なものですからわがPCには既にドライバーが入っており、USBケーブルでつないでやるだけで音が出るのが助かりました。

オケの大迫力もジャズの味わいもかなりのレベルで表現してくれたFE103-Sol+BK126Enでしたが、井筒香奈江のボーカルのみ僅かにホーン鳴きが耳についたのが印象的です。いつもいつも井筒の音源は装置を万全にしていないと本来の実力を発揮してくれず、どこかに手抜きや不備があったらそこをすぐに指摘してくれるので、試聴には欠かせないのですが、案の定今回も「ほら、ユニットとホーンがもうひとつ合ってないでしょ」と鋭く指摘してくれました。

Solの取説に掲載されるBHは間違いなくもっとずっと相性の良いものでしょうから、それが完成したらもう一度聴かせてもらいたいものです。あぁ、それよりも早く自分の作例を設計・製作したくなりました。器が大きく音楽が楽しく、たまらない魅力を存分に放散するユニットであることははっきりと分かりましたから。

発売は4月中旬とまだまだ先ですが、量産試作でわが家に回してもよい個体ができたら、すぐに送ってもらえるようお願いをしてきました。それまでにはもうキャビネットを作って待ち構えているくらいの勢いでいきたいものです。あぁ、待ち遠しいなぁ。

わがリファレンス・システム(アナログ編-その2 プレーヤーを修理する)2014/01/27 11:24

2011年ごろからリファレンス・システムのアナログがめっきり調子を落とし、実用に耐えなくなってきました。レコードの外周は何も問題ないのですが、内周へ近づくに連れ歪みが劇的に増加し、聴くに堪えなくなってしまったのです。もともとアナログは多かれ少なかれ内周は音質が劣化するものですが、とてもそういうレベルではありません。これは明らかにどこかが故障している、という音です。

さぁそこから故障箇所の特定までが大変でした。まずカートリッジを交換してダメ、シェルリードを交換してダメ、シェルを交換してダメ、フォノケーブルを交換してダメ、とここまでは交換した製品の調子は全く問題なしでした。

ならばフォノイコライザーか、とプリアンプのパイオニアC-AX10を修理に出し、その間にいろいろなメーカーのフォノイコを借りました。それぞれに魅力的な音を聴かせてくれるのですが、やはり音の傾向は違うといえ、内周のひどい歪みはいくらか軽減したかな、といった具合です。C-AX10もいくらか劣化は進行していたようですが、主因というわけではなかったようですね。

ならばと片っ端から接点という接点を磨きまくってみましたが、音質は大きく向上したものの内周の歪みは「いくらか良くなったかな」という程度。仕舞いにはパワーアンプからスピーカーまで交換してみましたが、やっぱり大きな向上は見込めず。

そもそもわが家のリファレンス機器で最も古いのがアナログプレーヤーで、そこが問題じゃないかとは薄々感づいていました。しかし、30年以上も前の製品をメーカーへ送って修理ということはほぼ不可能だろうと、どこか心の片隅で「見ないように」していた感が否めません。しかし、ここまで明白に事実関係を突きつけられてしまうと、もう認めないわけにいきません。散々苦労したアナログの音質劣化は、アナログプレーヤーの不調が原因だったのです。

何度も書きますがわが家はひどい貧乏暮らしで、アナログプレーヤーが故障しました、それじゃ新しい製品に買い替えましょうか、とは簡単にいきません。特に現代のプレーヤーでPL-70と同クラスの音質を目指そうと思ったら、どう甘めに見積もっても30万円クラスのものが必要になってきます。そうでなくてもプリはなくなってしまったし、マルチアンプの実験も再開したいし、などと考えていたら、金はいくらあっても足りないくらいです。

とはいえ、プレーヤーがこの調子では仕事になりません。というわけで、にっちもさっちもいかなくなってしまったところへ救いの神が現れました。まるでタイミングを見計らっていたかのように、ベルドリーム・サウンドが「レコードプレーヤー、トーンアームの修理承ります」というサービスを開始したのです。ベルドリームの鈴畑文雄代表は、彼がある名門アナログプレーヤー・メーカーで広報を務められていた頃からずいぶんお世話になっているものですから、このたびも早速連絡してみた次第です。

すぐに修理工房の手配をつけてくれ、「修理ついでに取材もさせて下さいよ」という願いを鈴畑さんが聞き入れてくれたもので、カメラ片手に工房まで行ってきました。

わが家と同県内といっても埼玉は東西にやたらと広く、車で2時間以上かかって工房へ到着、出迎えて下さったのはご主人の吉崎治さんでした。工房の中にはちょうど地方からの依頼で修理に入ったばかりというRCAの巨大なコンソール型プレーヤーをはじめとする修理を待つ機器が並んでいます。修理の難しいことで有名なQRKなど、往年の名器がいくつも展示されていますが、これらは当然すべて吉崎さんが手を入れてコンディションを整えられた製品だそうです。

あらかじめ電話で症状を伝えてはありましたが、改めて現物を診てもらうと、幸いなことに吉崎さんはPL-70についてよく知悉されているそうで、「それじゃ早速見てみましょう」ということになりました。

まず音を出してみる。「なるほど、歪みっぽいですね」

工房へ着いて早速まず症状を聴いてもらう。「確かに歪んでますね。調べてみましょう」

まず「アームの先端が上を向いている」件は、先のエントリで書きましたがアームを見るや否や「あぁ、これはパイプが曲がっているんですよ。古いプレーヤーにはよくあることです」と一言。適当な台座をかませてあっという間にほぼ水平レベルへ曲げ直してくれました。

上を向いていたアームパイプは手早く曲げ直してくれた

アームパイプは下に台座を置いてタオルを敷き、絶妙の手加減でほぼ水平に曲げ直してくれた。「やりすぎちゃったら元も子もないですからね、これくらいにしときましょう」と吉崎さん。

ついでにインシュレーターが1個固着している件も伝えたら、「それも心当たりがありますよ」と当該の1個を外し、何やら取り付けネジの近辺をちょいちょいと削ったと思ったら、見事ごく普通にインシュレーターが働くようになりました。ごく小さなバリが引っかかってインシュレーターの動きを止めてしまっていたそうです。やれやれ、25年も何を苦労していたのやら。

いよいよ本題、内周の歪みです。まずアームを取り外し、吉崎さんの手持ちのパーツの中から何とか具合の合いそうなデンオンのアームを仮付けして音を聴いてみます。そうしたら内周までほとんどノイズレスに音が出るじゃないですか。これはアームの不調だな、と要因が特定できました。

デンオンのアームをつけてみる

吉崎さんお手持ちのデンオンのアームを仮付け。ややオーバーハングが足りないが、それに起因する歪み以外は聴こえてこない。どうやら「アームが原因」と特定してよさそうだ。

個人的に、PL-70は外径20cmもあろうかという巨大なDDモーターを搭載しており、そこからノイズが漏れ出してカートリッジへ影響を与え、歪みが増えている可能性を何よりも危惧していました。モーターだとまずパーツ交換は不可能でしょうからね。しかし、アームなら何とかなりそうです。心の底からホッとしました。

吉崎さんは外したアームを持ってゆらゆらとサポート部分を動かしてみられます。どうやら特に左右方向のベアリングが渋くなっているようだ、とのこと。後で原因を伺ったら、このアームはオイルダンプ式なんですが、そのダンピング用オイルがサポートのベアリングへ垂れて粘らせていたのではないかということでした。

アームを揺らしてサポートの動きを診る

サポート部分を持ってアームを揺らし、ベアリングの潤滑を確かめる吉崎さん。「特に左右方向が粘っているようですね」

もちろん私はこのアームがオイルダンプだと知っていましたし、横にすることはおろか、僅かに傾けたことすらありません。フォノケーブルを交換する際にも細心の注意でまっすぐにしていたつもりです。また、ご存じの通りダンピング用のオイルは大変に粘度が高く、水飴のようなものです。ほんの2~3分傾けたくらいでこぼれるようなものではありません。

しかし、長年このプレーヤーを使ってきて、こういう音質劣化をきたすようになったのはごくここ1~2年でした。ということはつまり、20年以上も前に何らかの手荒な扱いで漏れたダンピング・オイルが少しずつ滴下し、2011年になってサポートのベアリングへたどり着いた、ということしか考えられません。ずいぶん長くかかって炸裂した時限爆弾だったというほかありませんね。

「このアームならよく知っているし、分解清掃とグリスアップをしましょう」ということになりました。そこまでやってもらうのならと、ついでに内部配線も新しいものに替え、またダンピング・オイルが劣化して粘度が恐ろしく高まっていたのでそこも清掃、適正な粘度のオイルをバスに満たしてもらいました。

ダンピング・オイルは固化してバスにこびりついていた

固化してオイルバスにこびりついたダンピング・オイル。適正粘度の新しいオイルに交換してもらったが、古いオイルを掻き出して清掃するのが大変だったとか。

いったんプレーヤーを預け、数日後「できましたよ」という電話をもらったので再び車で工房へ向かいます。修理の成ったPL-70は細かな汚れやホコリも拭い落とされ、ピカピカになっていました。

工房の装置で音出しをしてみると、内周まで歪みらしきものは全く看取できません。万歳、わが愛器が完全によみがえりました。いや、正確に言うなら「買った時よりずっといいコンディションに生まれ変わった」というべきですね。アームはまっすぐだしインシュレーターは動くし。

恐るおそる「で、おいくらですか?」と聞いてびっくり! 具体的な金額を書くのは差し障りもあるので控えますが、覚悟していた金額の半額以下でした。今の日本じゃビギナー向けのプレーヤー(ミニコンポ用みたいなのは除きますけどね)もおいそれとは買えないほどの格安料金です。

また、吉崎さんは大変な波乱万丈の人生を歩んでこられた人で、その一代記を伺うだけで何時間も楽しく過ごすことのできる人でした。また語り口が実に巧みで面白く、ついついお仕事の邪魔をして何時間も居座ってしまいました。また何か修理をお願いすることがあったらぜひ伺いたいものです。

ベルドリームのDL-102専用シェルリードを実験

全快したわがPL-70で、ベルドリーム特製のデノンDL-102専用シェルリードを試す。2本しか出ていないDL-102の端子からシェルの4端子へ接続することが可能な"分岐ケーブル"である。アームがしゃっきりとまっすぐ伸びていることがお分かりいただけるだろうか。

この修理が済んでもうすぐ1年になりますが、わがPL-70はいまだ絶好調、これで後継プレーヤーをしばらく心配する必要はなくなりました。35年も前のプレーヤーがいまだこういう商売をしている人間のリファレンス機器として現役というのはいささかからず問題ではあるのですが、貧乏ライターの情けない行状とご寛恕いただけると幸いであります。

改めてベルドリーム・サウンドの鈴畑さん、工房の吉崎さん、その節はお世話になりました。