長岡先生のムック本が発売されました(その2) ― 2014/07/18 13:40
長岡鉄男氏のムック本を製作するに当たり、もうひとつ提出していた企画がありました。
現代に甦る究極のオーディオ 観音力
音楽之友社 ¥1,800+税
まだ先生がご存命で、私は担当編集者としてほとんど毎週「方舟」を訪問していた頃の話です。先生には本当にいろいろなスピーカーを作っていただきましたが、そのいくつかは取材中の雑談から生まれたものでした。
そうやって形になった一番最初はFF125K×1発のCW型BH、D-100だったなぁ。当時発売されたばかりのFF125Kを使って、D-70以降の直管型BHを作るというのはどうでしょう? と恐るおそる提案した私に、「あぁ、それは面白いね」とすぐ先生が答えて下さったのには感激したもんでした。
ちなみに、何で恐るおそるだったかといえば、当時はまだ先輩編集者から担当編集を引き継いで間がない頃で、先生に提案するなんてとても恐れ多く感じていたからです。先生ご自身は若い者でも分け隔てなく接して下さる、至って気さくな人でしたけどね。
そうやっていくつもの作品を手がけていただいた中には、打ち合わせだけで実物が間に合わなかった作例も存在しています。企画が温まったところで先生が亡くなられてしまったのですね。いくつかそういう作例があった中で、今も鮮明に記憶しているのは「D-3MkIII」です。もうすっかり打ち合わせて実現を待つばかりとなっていたのに、先生は図面を残される間もなく旅立たれてしまいました。
ちなみに、月刊「ステレオ」で掲載された「スーパータワーリングインフェルノ」はそんな雑談の中で生み出され、図面のみが残された作例となりました。追悼記事を掲載する都合で「ステレオ」での掲載になりましたが、あれ、本当はFMfan(共同通信社 廃刊)で掲載するつもりで私が先生にお願いしたものだったのです。
そのD-3MkIIIは、かなり板取りに余りのあったD-3MkIIをアレンジして、強力型ユニットに対応する新世代のD-3を作るのはどうでしょう? という提案でした。先生もすぐに乗ってきて下さったことを覚えています。
今回のムック本に掲載されたD-3MkIIの構造図。MX-10と同様「長岡鉄男の傑作スピーカー工作」シリーズ第2巻から転載されたものだ。それにしても、ほれぼれするほど美しい図版である。
晩年の長岡流BH設計法とシンプルで作りやすいD-3の音道構成を融合したらどんな作品になるだろう? 余った板をどういう風に活用され、どんな音道構成で、どんな補強が入ったBHになったろう? などと推測は膨らみますが、こればっかりはもう先生があちらへ持っていかれてしまったので図面にすることはかないません。
しかし、少年期に読んだD-3MkIIの初出原稿には「やる気があったら横幅を広げることができる」と先生ご自身が書かれていたという記憶がありました。ならば先生がおっしゃったようにD-3MkIIの横幅を広げた図面を引き、実際に製作してやれば、強化された現代のフルレンジにも対応するBHになるんじゃないか、そう思ってムック編集の林さんに提案しました。
今となってはもうすっかりロングセラーですが、あのFE208EΣですら長岡先生の存命時には間に合わなかったのです。最新のFE206EnにしてもEΣほどの強力型ではないにしろ、MkII当時のFE203Σより強力なユニットとなっています。そういうユニットに合わせた「D-3アップデート版」としては、悪くない提案だったとわれながら思います。
フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE208EΣ ¥25,000+税(1本)
D-3MkIIのオリジナル図面を元にできる限りの拡幅を目指してあれやこれやと板取りの配置を見直し、結局4cmの拡大に成功しました。図面を引いちゃってから、林さんが発掘してくれた初出時の原稿を久しぶりに読み直したら、やっぱり先生も「4cm拡幅できる」と書かれていてホッ。どうやら当初のイメージ通りに仕上がっているようです。
私自身、D-3オリジナルと16cmのD-1を製作したことがあり、初めてではありましたがD-3MkII改の製作は気楽なものでした。疲労が蓄積しない程度に工作して2日で完成、工作上級者なら1日で組み上げてしまう人がおられるかもしれません。
現に、MX-1とMX-10を製作されていた最上さんは私が横でD-3MkII改を1ペア作っている間にその両方を完成させてられましたからね。1本ずつしか作る必要がないとはいえ、とりわけMX-10はかなりの難物で、しかもあれは共同通信社「FMfan」掲載の作例でしたから、音楽之友社「ステレオ」編集長の最上さんにとって初めて手がけられる製作のはずなのです。その手際良さ、動画に撮っておきたいくらいでしたねぇ。
完成したD-3MkII改にマウントするユニットは、フルレンジがルックスの連続性を狙ってFE206En、トゥイーターは少しぜいたくをしてT90Aを採用しました。コンデンサーはCSの0.33uFを逆相接続、トゥイーターをバッフル面位置でほぼフラットになりました。わが家のBHではFE206EnにFT96HをつないでCTの0.68uF、逆相のバッフル面位置でフラットですから、T90Aはかなり能率が高いようですね。
フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE206En ¥11,000+税
フォステクス◎ホーン型トゥイーター
T90A ¥19,000+税
まる1日のエージングを経た後に音楽を聴き始めましたが、これはもう万全といってよいと思います。たまたまかなり軽めの板材がやってきて、ポコポコ鳴らないか心配したのですが、それもほぼ杞憂に終わりました。バックキャビに少量の砂を詰めたせいもあってボンつきは極めて少なく、BHらしい陽性で景気良く鳴り渡るサウンドが満喫できました。広くお薦めできる作例になったと思います。
ひとつだけ、お詫びと訂正があります。3ページの板取図は私が作図したものですが、4枚の板に板番号の振り忘れがありました。2枚目の板の左下隅、280×50mmの板ですが、これは20番と21番の板がそれぞれ2枚ずつということになります。読者の皆様へ謹んでお詫びし、訂正させていただきます。
。 写真中央左の4枚が痛恨の記入洩れ、申し訳ありません。
*
「現代に甦る究極のオーディオ 観音力」でもうひとつの大きな柱は、SS-66「モアイ」誕生と発展の顛末をほぼすべて網羅したことでしょうね。もともとは日本の第一人者というべきフルート奏者にしてウルトラオーディオマニアの加藤元章さんが、方舟サウンドに感銘を受けて長岡先生にモニタースピーカーの設計を依頼したところから始まった「モアイ」は、実に長い物語となりました。私も編集者時分に毎号読んでいたはずなんですが、改めて読み返すと「こんなに波乱万丈だったっけ」とビックリしましたね。
第3章「SS-66モアイ誕生秘話」の扉ページ。
しかも、伝説となった「金子英男が長岡鉄男作品を対策する」企画も完全再録されています。いや、今読み返しても故・金子先生の微に入り細を穿つ対策はすごいものがありますね。私自身はその両者の音を聴く機会を逃してしまいましたが、全然別物になっていただろうなということはひしひしと理解できます。
「モアイ」の項の最後に加藤さんのインタビューが掲載されているのですが、これは今年になってから収録されたものです。20kg以上も減量されたという加藤さんはまるで別人、20年近くの時を経たとは思えない若々しさにまず驚き、ますます亢進している節のある加藤さんのこだわりぶりも一読の価値ありです。
*
ふう、ごく簡単に紹介するつもりが、大変な量になってしまいました。とにかくこのムック、情報量がケタ違いで、CP(コストパフォーマンス)重視の立場からすると「1文字あたりのCP」は最高! といって間違いないでしょう。たっぷり時間をかけて楽しめるムックになったと思っています。監修者の立場から申し上げると少々生臭くなってしまうのは致し方ありませんが、もしよろしかったらお買い上げいただけると幸甚です。
今回は大部の単行本2冊+αという情報量を収めましたが、長岡先生の残された業績のほんのちょっとを切り欠いたに過ぎません。まだまだ読んで面白く後世のためになる長岡鉄男作品はうずたかく残されています。本書が売れたら「次を!」という声が出るやもしれず、そうなったらまたどんどん面白いムック本が世に出ることとなります。私自身を含め、長岡ファンにとってはワクワクするような展開じゃありませんか。
まだ「獲らぬ狸の皮算用」ではありますが、もう「次は何を収録するのがいいかなぁ」などと考え始めています。「こんなのはどうだい?」という提案があったら、コメント欄にでもリクエストしてもらえると幸いです。私には決定権というようなものはありませんが、編集さんはじめスタッフに必ず伝えますね。
現代に甦る究極のオーディオ 観音力
音楽之友社 ¥1,800+税
まだ先生がご存命で、私は担当編集者としてほとんど毎週「方舟」を訪問していた頃の話です。先生には本当にいろいろなスピーカーを作っていただきましたが、そのいくつかは取材中の雑談から生まれたものでした。
そうやって形になった一番最初はFF125K×1発のCW型BH、D-100だったなぁ。当時発売されたばかりのFF125Kを使って、D-70以降の直管型BHを作るというのはどうでしょう? と恐るおそる提案した私に、「あぁ、それは面白いね」とすぐ先生が答えて下さったのには感激したもんでした。
ちなみに、何で恐るおそるだったかといえば、当時はまだ先輩編集者から担当編集を引き継いで間がない頃で、先生に提案するなんてとても恐れ多く感じていたからです。先生ご自身は若い者でも分け隔てなく接して下さる、至って気さくな人でしたけどね。
そうやっていくつもの作品を手がけていただいた中には、打ち合わせだけで実物が間に合わなかった作例も存在しています。企画が温まったところで先生が亡くなられてしまったのですね。いくつかそういう作例があった中で、今も鮮明に記憶しているのは「D-3MkIII」です。もうすっかり打ち合わせて実現を待つばかりとなっていたのに、先生は図面を残される間もなく旅立たれてしまいました。
ちなみに、月刊「ステレオ」で掲載された「スーパータワーリングインフェルノ」はそんな雑談の中で生み出され、図面のみが残された作例となりました。追悼記事を掲載する都合で「ステレオ」での掲載になりましたが、あれ、本当はFMfan(共同通信社 廃刊)で掲載するつもりで私が先生にお願いしたものだったのです。
そのD-3MkIIIは、かなり板取りに余りのあったD-3MkIIをアレンジして、強力型ユニットに対応する新世代のD-3を作るのはどうでしょう? という提案でした。先生もすぐに乗ってきて下さったことを覚えています。
今回のムック本に掲載されたD-3MkIIの構造図。MX-10と同様「長岡鉄男の傑作スピーカー工作」シリーズ第2巻から転載されたものだ。それにしても、ほれぼれするほど美しい図版である。
晩年の長岡流BH設計法とシンプルで作りやすいD-3の音道構成を融合したらどんな作品になるだろう? 余った板をどういう風に活用され、どんな音道構成で、どんな補強が入ったBHになったろう? などと推測は膨らみますが、こればっかりはもう先生があちらへ持っていかれてしまったので図面にすることはかないません。
しかし、少年期に読んだD-3MkIIの初出原稿には「やる気があったら横幅を広げることができる」と先生ご自身が書かれていたという記憶がありました。ならば先生がおっしゃったようにD-3MkIIの横幅を広げた図面を引き、実際に製作してやれば、強化された現代のフルレンジにも対応するBHになるんじゃないか、そう思ってムック編集の林さんに提案しました。
今となってはもうすっかりロングセラーですが、あのFE208EΣですら長岡先生の存命時には間に合わなかったのです。最新のFE206EnにしてもEΣほどの強力型ではないにしろ、MkII当時のFE203Σより強力なユニットとなっています。そういうユニットに合わせた「D-3アップデート版」としては、悪くない提案だったとわれながら思います。
フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE208EΣ ¥25,000+税(1本)
D-3MkIIのオリジナル図面を元にできる限りの拡幅を目指してあれやこれやと板取りの配置を見直し、結局4cmの拡大に成功しました。図面を引いちゃってから、林さんが発掘してくれた初出時の原稿を久しぶりに読み直したら、やっぱり先生も「4cm拡幅できる」と書かれていてホッ。どうやら当初のイメージ通りに仕上がっているようです。
私自身、D-3オリジナルと16cmのD-1を製作したことがあり、初めてではありましたがD-3MkII改の製作は気楽なものでした。疲労が蓄積しない程度に工作して2日で完成、工作上級者なら1日で組み上げてしまう人がおられるかもしれません。
現に、MX-1とMX-10を製作されていた最上さんは私が横でD-3MkII改を1ペア作っている間にその両方を完成させてられましたからね。1本ずつしか作る必要がないとはいえ、とりわけMX-10はかなりの難物で、しかもあれは共同通信社「FMfan」掲載の作例でしたから、音楽之友社「ステレオ」編集長の最上さんにとって初めて手がけられる製作のはずなのです。その手際良さ、動画に撮っておきたいくらいでしたねぇ。
完成したD-3MkII改にマウントするユニットは、フルレンジがルックスの連続性を狙ってFE206En、トゥイーターは少しぜいたくをしてT90Aを採用しました。コンデンサーはCSの0.33uFを逆相接続、トゥイーターをバッフル面位置でほぼフラットになりました。わが家のBHではFE206EnにFT96HをつないでCTの0.68uF、逆相のバッフル面位置でフラットですから、T90Aはかなり能率が高いようですね。
フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE206En ¥11,000+税
フォステクス◎ホーン型トゥイーター
T90A ¥19,000+税
まる1日のエージングを経た後に音楽を聴き始めましたが、これはもう万全といってよいと思います。たまたまかなり軽めの板材がやってきて、ポコポコ鳴らないか心配したのですが、それもほぼ杞憂に終わりました。バックキャビに少量の砂を詰めたせいもあってボンつきは極めて少なく、BHらしい陽性で景気良く鳴り渡るサウンドが満喫できました。広くお薦めできる作例になったと思います。
ひとつだけ、お詫びと訂正があります。3ページの板取図は私が作図したものですが、4枚の板に板番号の振り忘れがありました。2枚目の板の左下隅、280×50mmの板ですが、これは20番と21番の板がそれぞれ2枚ずつということになります。読者の皆様へ謹んでお詫びし、訂正させていただきます。
。 写真中央左の4枚が痛恨の記入洩れ、申し訳ありません。
「現代に甦る究極のオーディオ 観音力」でもうひとつの大きな柱は、SS-66「モアイ」誕生と発展の顛末をほぼすべて網羅したことでしょうね。もともとは日本の第一人者というべきフルート奏者にしてウルトラオーディオマニアの加藤元章さんが、方舟サウンドに感銘を受けて長岡先生にモニタースピーカーの設計を依頼したところから始まった「モアイ」は、実に長い物語となりました。私も編集者時分に毎号読んでいたはずなんですが、改めて読み返すと「こんなに波乱万丈だったっけ」とビックリしましたね。
第3章「SS-66モアイ誕生秘話」の扉ページ。
しかも、伝説となった「金子英男が長岡鉄男作品を対策する」企画も完全再録されています。いや、今読み返しても故・金子先生の微に入り細を穿つ対策はすごいものがありますね。私自身はその両者の音を聴く機会を逃してしまいましたが、全然別物になっていただろうなということはひしひしと理解できます。
「モアイ」の項の最後に加藤さんのインタビューが掲載されているのですが、これは今年になってから収録されたものです。20kg以上も減量されたという加藤さんはまるで別人、20年近くの時を経たとは思えない若々しさにまず驚き、ますます亢進している節のある加藤さんのこだわりぶりも一読の価値ありです。
ふう、ごく簡単に紹介するつもりが、大変な量になってしまいました。とにかくこのムック、情報量がケタ違いで、CP(コストパフォーマンス)重視の立場からすると「1文字あたりのCP」は最高! といって間違いないでしょう。たっぷり時間をかけて楽しめるムックになったと思っています。監修者の立場から申し上げると少々生臭くなってしまうのは致し方ありませんが、もしよろしかったらお買い上げいただけると幸甚です。
今回は大部の単行本2冊+αという情報量を収めましたが、長岡先生の残された業績のほんのちょっとを切り欠いたに過ぎません。まだまだ読んで面白く後世のためになる長岡鉄男作品はうずたかく残されています。本書が売れたら「次を!」という声が出るやもしれず、そうなったらまたどんどん面白いムック本が世に出ることとなります。私自身を含め、長岡ファンにとってはワクワクするような展開じゃありませんか。
まだ「獲らぬ狸の皮算用」ではありますが、もう「次は何を収録するのがいいかなぁ」などと考え始めています。「こんなのはどうだい?」という提案があったら、コメント欄にでもリクエストしてもらえると幸いです。私には決定権というようなものはありませんが、編集さんはじめスタッフに必ず伝えますね。
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