月刊「ステレオ」2014年8月号が発売されました(その2) ― 2014/07/25 12:37
Stereo 2014年8月号
音楽之友社 ¥3,528+税
月刊「ステレオ」の「工作特大号」は、先のエントリに書いた通り付録ユニットとそれらを使った製作記事が大きな目玉となっていますが、長年続く人気企画にあと何本かの柱があります。自作スピーカーの「筆者競作」もその一つといってよいでしょうね。毎年一定のルールを定め、それに則っておなじみの筆者陣が思いおもいにスピーカーを作り、一堂に会して相互に感想を述べ合うというものです。
私も昨年から呼んでもらえるようになったこの企画ですが、今年は話題の限定フルレンジ、フォステクスFE103-Solを使用することというのが唯一のルールで、多数使いや他にユニットを付け加えるのも自由、予算も制限なしということでした。
フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE103-Sol ¥6,500(1本、税抜き)
昨年は「付録の5cmフルレンジ・ユニットを片側3発まで使用。ユニット追加は自由、予算制限なし」というルールで、私はフルレンジを1発使って極めてささやかな音道のバックロードホーンを作り、その下にフォステクスの10cmフルレンジP1000Kを使ったスタンド兼用のダブルレゾナンス・ウーファー(DRW)を組み合わせるという方式の「ソラシド♪」と名づけた作例を製作したものでした。
昨年発表した「ソラシド♪」。5cmフルレンジがお題だというのに占有床面積30×30cm、高さ1m超というバカでかいキャビネットを作ってしまった。参加初年ゆえ「ネタ担当」という意味合いもあっての悪ノリである。
昨年も「付録ユニット片側3発まで」という縛りはありましたが実質上の青天井みたいなものでした。それでも付録ユニットを3発使われていたのは小澤隆久氏お1人、須藤一郎氏は付録1発のみで、石田善之氏は付録ユニット×1発にアンプ内蔵のモニター仕様、浅生昉氏はフォステクスP1000Kとの2ウェイという格好でした。私は浅生さんと同じ付録+P1000Kにデイトンのドーム型トゥイーターを載せた3ウェイ、しかしネットワークはトゥイーターのコンデンサー1発だけというユニット構成です。まぁ青天井にされてもあんまりいろんなものを放り込んだら収拾がつかなくなっちゃいがちですから、これがいいところだったんじゃないかと。
一方、今年はフルレンジの使用本数制限まで撤廃され、ますます青天井に。といっても私は「鳥型BHを作る!」と決めちゃっていたのでSol×1発のみ、特にSolは高域まで本当にきれいな音なので、プラス・スーパートゥイーターも最初から考えていませんでした。
BHの設計というものは「連立方程式を暗算で解く」ような作業といえばいいかな? あちら立てればこちらが立たず、何箇所かに分散した項目のせめぎ合いを、どうにかこうにか折り合わせながら進めていくのが常です。そんな時、ごく稀にではありますが「神が降りてくる」ことがあります。ある一定のラインを超えた瞬間、すべての数値が面白いように枠へ収まっていって、ほとんどデータの修正もなしにあっさりと音道構成から板取りまで完成してしまうのです。
わがオリジナル設計BHの2作目、学研「大人の科学マガジン」特別編集「まるごと手作りスピーカーの本」に掲載した「ヒヨッ子」という作例がまさにそうでした。今見ても実に合理的な音道構成で、よくもまぁ二十代の頃にこんなきれいなBHを作ったもんだとわれながら惚れぼれするくらいです。
もう10年近くも前、2005年の学研「大人の科学マガジン」シリーズに提供したわが作例「ヒヨッ子」は、1986年に故・長岡鉄男氏が初代「スワン」を発表されてすぐに設計・製作したものだ。私は当時22歳、まだ大学生だった。当時はテクニクスの7cmフルレンジEAS-7F10を取り付け、7F10に由来する100Hz以下急降下のf特に悩まされつつも、社会人になった後までずいぶん長く使ったものだ。
でも、これはもう明らかな「ビギナーズ・ラック」でした。この作品を完成させた私は完全に調子に乗ってしまい、「何だ、BHなんて簡単じゃん」とばかりに自分のオリジナルBHを次々と設計し始めるのですが、どうも勝手が違います。「ヒヨッ子」を設計した時のようにすいすいと数値が収まってくれないんですね。
大体BHというヤツ、開口率をちょっと上げればキャビ全体が馬鹿デカくなり、スロートを大きくしようとすると開口率を下げなければまた巨大キャビになります。かといってあまり開口率を下げたら音響迷路と変わらなくなり、開口の小さなショボくれた作品になってしまいます。その上で板取りの効率や作りやすさなんかの項目も加わってくるのですから、そんなもの「ヒヨッ子」みたいにスイスイとまとまるわけがないのであります。
というわけで、BHの設計では今なお数値を積み重ねては崩し、また別の山を作っては叩き壊し、とさながら賽の河原を思わせる作業が続きます。最近の作例で一番苦労したのは10cmの限定モデルFE103En-S用に作った「オシドリ」だったなぁ。
FE103En-S用に設計した「オシドリ」。2010年のオーディオベーシックVol.54に掲載された。「カモハクチョウ」にとって"実兄"というべき存在だが、占有床面積はこちらの方が遥かに大きい。
それからすると今作は同じ10cmの「オシドリ」からある程度の数値を生かすことができたせいもあって、「神が降りる」とはいかなかったものの、比較的スイスイとまとまっていきました。とはいえ、FE103En-SとFE103-Solではかなりデータが違い、また今作は占有床面積をできるだけ小さくすることも狙ったので、バックキャビの内容積からスロート断面積、音道長、開口率、開口面積のすべてが違う作例となりました。
何とか数値がまとまったところで板取図を書き始め、何とかギリギリの時間にホームセンターの板切り工房へ依頼を入れます。翌朝から作り始め、梅雨空の合間を見ながら「急がないと間に合わんぞ!」と作業を進めていたところで携帯に1本の電話がかかりました。
電話は「ステレオ」誌工作担当のNさんからでした。「え~、本日の試聴会の件ですが」
ええええっ! 私は金曜日だと信じ込んで作業を進めていたのですが、何と試聴会は水曜日だったのです。スピーカーはまだ3分の出来といったところで、とても午後早くに完成させて持っていくことなどかないません。事情を話し、平謝りしたところで「とにかくくるだけはきて下さい」ということになり、慌てて服を着替えて試聴会場の同誌試聴室へ向かうこととなりました。
既に完成した作品を手にお集まりだった諸先輩方へ平身低頭しながら試聴室へ入り、試聴会のみの参加ということにしてもらいました。今年は例年にも増して力作・傑作がそろっている印象です。
*
誌面でも掲載してもらっていますが、改めて各先生方の作品の個人的な印象をまとめておきますね。
T.P.O. by 須藤一郎
須藤一郎氏の「T.P.O.」は「Twin Port One」の略だそうで、なるほど上下にバスレフポートを持つ曲面構成のキャビネットは美しい白木の北欧家具調で、何となくデンマークDavone社の高級スピーカーRay-Sを彷彿とさせるものがあります。
Davone◎スピーカーシステム
Ray-S ¥880,000(2本1組、税抜き)
音もストレートで屈託がなく、結構なワイドレンジを聴かせます。「これは高く売れる!」と確信した作例でした。
お話を伺えば、このキャビネットは無印良品のゴミ箱というじゃないですか! タモの薄板を曲面に積層したものだそうで、タモは美しい上に極めて堅い木材ですから、それがよかったのでしょうね。また、奥へ向かって僅かにテーパーがかかっており、平行面がないのも美点なのではないでしょうか。このキャビネットは中が二重箱になっていて、ある種のダブルバスレフ的な動作をしているようですが、その内箱をしっくり収めるのに苦労されたとか。しかし、そのご苦労が十二分に報われる素晴らしい音が出ていたと思います。
ASD1032SD by 浅生昉
浅生昉氏のASD1032SDは、16ΩのSol2発の間に純マグネシウム・ドーム型トゥイーターFT200Dを挟んだバーチカル・ツイン構成という豪華版で、キャビネットは浅生さんがここ数年実験を重ねられている「名古屋方式」のダブルバスレフ(DB)です。
一聴して驚くのは帯域のつながりが極めて自然なことでした。いくら鳴きの少ないマグネシウムとはいっても金属振動板ですから、紙系のSolと上手くつながるのかなと思ったら、それは全くの杞憂でした。浅生さんは昨年も付録の5cmスキャンスピークと10cmのフォステクスをものの見事に違和感なくつながれていましたから、これは長年のノウハウを結集された「浅生マジック」なのだろうと思います。
OM-1 by 小澤隆久
小澤隆久氏のOM-1は何だかカメラみたいな型番ですが、「オザワモニター1号」の略だそうで、それだけ本作へ賭けた小澤さんの思いが伝わってきます。ユニット構成は堂々の4ウェイ、特にバスレフのウーファーとケルトン方式のサブウーファーが同じユニット(フォステクスFW168HR)で構成される「DDBK方式」というのは小澤さんの独自開発です。Sol(16Ω)は320Hz以上を受け持ち上は伸ばしっぱなし、スーパートゥイーター的にホーン型トゥイーターのFT96Hが0.1~0.22uFのコンデンサー1発で載せられています。
音はもう完全な「現代ハイエンド」のものです。ワイドレンジでパワフルで極めてきめ細かで音の粒が磨き上げられていて。誕生50周年を迎えたFE103の系譜を引くだけに、極めつけのやんちゃ坊主的な側面も持つSolを、ここまで現代風に調教するのは簡単なことではなかったろうと思います。しかも、それでいて再現性の素直さ、音色のみずみずしさは明らかにSolのものです。
小澤さんご本人が「30年の自作歴の中で最高」と太鼓判を押されていますから、このOM-1は長く小澤さんのリファレンス・スピーカーとして活躍するのでしょうね。
Active Monitor 103 by 石田善之
石田善之氏のActive Monitor 103は、ちょっと昔懐かしい小型モニターという風情を漂わせるややバッフル大きめのキャビネットに人工皮革が張り回されており、それがまたとても自作とは思えないレベルの美しい面構成を持っています。昨年に引き続いてアンプ内蔵で、しかもSolとこのキャビネットに合わせてアンプのf特を僅かに操作、よりフラットで大スケールの再生を可能にしているんですね。
音はSolの素直さ、元気さ、たたずまいの端正さを存分に聴かせながら、とてもこの口径とは思えないスケール感を味わわせます。まさに石田先生でなくては実現できない「創意と技術の頂点による融合」といいたくなる作品でした。
*
試聴会で大いに刺激を受け、早く私の作例も完成させなきゃと作業に取りかかります。今年は本当に「もう大丈夫だろう」と資材や工具を広げたと思ったら、それを見透かしたようにザーッとやってくるという厄介な天気に悩まされ通しでしたが、それでも何とか想定通り金曜には完成、音を出し始めました。
鳴らし始めのBHなんてひどい音がするのが当たり前のようなもんで、まぁ今作ももうどうしようもなく音は飛んでこないわ低音はボヨンボヨンだわ、という状況でした。でもPCオーディオやネットラジオで間断なく音楽を鳴らし続け、翌日にはまぁそこそこのレベルへ達しました。そこでキャビネットに設けているデッドスペースへ砂を少量入れてやったら、これでほぼOKだろうという音に。
カモハクチョウ by 炭山アキラ
あくまで手前味噌な評価で失礼ですが、私の作例は前述したSolのやんちゃ坊主的な側面を全面的に解放させたようなサウンドとなりました。もちろんSolの素直さ、S/N感の高さ、伸びやかさも存分に聴こえてきますが、それらが少々減退しても元気さ、音離れの良さ、闊達さをギリギリまで聴かせるシステムになったと思っています。
奇しくも小澤さんのOM-1とは最も対照的なSolの使いこなしになったような気がしています。でもこれは「どちらかが正しくてどちらかが間違っている」というものでは決してありません。スピーカー設計者のキャラクター、というより「今回はどこを重視して設計したか」ということですかね。ユニットの持ち味をどう料理してお客様へ出すか、その着眼点が今回の小澤さんと私でちょうど逆方向になった、というに過ぎないのです。
誌面ではスペース的な問題でしょうね、わが作例のスペアナが軸上1mしか掲載されていなかったので、こちらにリスニングポジションのスペアナも掲載しておきますね。設計・製作者としては、どちらかというと後者のf特を皆さんに見てほしいものなのであります。
「カモハクチョウ」リスニングポジション周波数特性
今作は占有床面積を小さくするためにボディが縦長の構造となり、結果として首のやや短い「鳥型BH」になりました。10cmの鳥型は「スワン」に敬意を表してハクチョウの類縁種から名前を採ることにしているので、首の短いハクチョウはいないかなとネット検索したら、あぁ、いるいる。全身真っ白で顔つきはハクチョウとよく似ていますが、首が短くて全体的なプロポーションはアヒル的な「カモハクチョウ」です。何とも今作のネーミングにピッタリの鳥で笑っちゃいましたね。
こちらが鳥のカモハクチョウ。何とも味わい深いルックスである。
今回の「筆者競作」スピーカー群は、今年もおそらくどこかのオーディオショーで鳴き合わせの会が設けられると思います。多分私の「カモハクチョウ」も呼んでもらえると思います(苦笑)。その際には、ぜひ各先生方の創意によるSolの料理法と味付けの違いを大いに楽しんでほしいと思います。
その節は、(もし私も呼ばれていたらですが)皆さんとお会いできるのを楽しみにしていますね。
音楽之友社 ¥3,528+税
月刊「ステレオ」の「工作特大号」は、先のエントリに書いた通り付録ユニットとそれらを使った製作記事が大きな目玉となっていますが、長年続く人気企画にあと何本かの柱があります。自作スピーカーの「筆者競作」もその一つといってよいでしょうね。毎年一定のルールを定め、それに則っておなじみの筆者陣が思いおもいにスピーカーを作り、一堂に会して相互に感想を述べ合うというものです。
私も昨年から呼んでもらえるようになったこの企画ですが、今年は話題の限定フルレンジ、フォステクスFE103-Solを使用することというのが唯一のルールで、多数使いや他にユニットを付け加えるのも自由、予算も制限なしということでした。
フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE103-Sol ¥6,500(1本、税抜き)
昨年は「付録の5cmフルレンジ・ユニットを片側3発まで使用。ユニット追加は自由、予算制限なし」というルールで、私はフルレンジを1発使って極めてささやかな音道のバックロードホーンを作り、その下にフォステクスの10cmフルレンジP1000Kを使ったスタンド兼用のダブルレゾナンス・ウーファー(DRW)を組み合わせるという方式の「ソラシド♪」と名づけた作例を製作したものでした。
昨年発表した「ソラシド♪」。5cmフルレンジがお題だというのに占有床面積30×30cm、高さ1m超というバカでかいキャビネットを作ってしまった。参加初年ゆえ「ネタ担当」という意味合いもあっての悪ノリである。
昨年も「付録ユニット片側3発まで」という縛りはありましたが実質上の青天井みたいなものでした。それでも付録ユニットを3発使われていたのは小澤隆久氏お1人、須藤一郎氏は付録1発のみで、石田善之氏は付録ユニット×1発にアンプ内蔵のモニター仕様、浅生昉氏はフォステクスP1000Kとの2ウェイという格好でした。私は浅生さんと同じ付録+P1000Kにデイトンのドーム型トゥイーターを載せた3ウェイ、しかしネットワークはトゥイーターのコンデンサー1発だけというユニット構成です。まぁ青天井にされてもあんまりいろんなものを放り込んだら収拾がつかなくなっちゃいがちですから、これがいいところだったんじゃないかと。
一方、今年はフルレンジの使用本数制限まで撤廃され、ますます青天井に。といっても私は「鳥型BHを作る!」と決めちゃっていたのでSol×1発のみ、特にSolは高域まで本当にきれいな音なので、プラス・スーパートゥイーターも最初から考えていませんでした。
BHの設計というものは「連立方程式を暗算で解く」ような作業といえばいいかな? あちら立てればこちらが立たず、何箇所かに分散した項目のせめぎ合いを、どうにかこうにか折り合わせながら進めていくのが常です。そんな時、ごく稀にではありますが「神が降りてくる」ことがあります。ある一定のラインを超えた瞬間、すべての数値が面白いように枠へ収まっていって、ほとんどデータの修正もなしにあっさりと音道構成から板取りまで完成してしまうのです。
わがオリジナル設計BHの2作目、学研「大人の科学マガジン」特別編集「まるごと手作りスピーカーの本」に掲載した「ヒヨッ子」という作例がまさにそうでした。今見ても実に合理的な音道構成で、よくもまぁ二十代の頃にこんなきれいなBHを作ったもんだとわれながら惚れぼれするくらいです。
もう10年近くも前、2005年の学研「大人の科学マガジン」シリーズに提供したわが作例「ヒヨッ子」は、1986年に故・長岡鉄男氏が初代「スワン」を発表されてすぐに設計・製作したものだ。私は当時22歳、まだ大学生だった。当時はテクニクスの7cmフルレンジEAS-7F10を取り付け、7F10に由来する100Hz以下急降下のf特に悩まされつつも、社会人になった後までずいぶん長く使ったものだ。
でも、これはもう明らかな「ビギナーズ・ラック」でした。この作品を完成させた私は完全に調子に乗ってしまい、「何だ、BHなんて簡単じゃん」とばかりに自分のオリジナルBHを次々と設計し始めるのですが、どうも勝手が違います。「ヒヨッ子」を設計した時のようにすいすいと数値が収まってくれないんですね。
大体BHというヤツ、開口率をちょっと上げればキャビ全体が馬鹿デカくなり、スロートを大きくしようとすると開口率を下げなければまた巨大キャビになります。かといってあまり開口率を下げたら音響迷路と変わらなくなり、開口の小さなショボくれた作品になってしまいます。その上で板取りの効率や作りやすさなんかの項目も加わってくるのですから、そんなもの「ヒヨッ子」みたいにスイスイとまとまるわけがないのであります。
というわけで、BHの設計では今なお数値を積み重ねては崩し、また別の山を作っては叩き壊し、とさながら賽の河原を思わせる作業が続きます。最近の作例で一番苦労したのは10cmの限定モデルFE103En-S用に作った「オシドリ」だったなぁ。
FE103En-S用に設計した「オシドリ」。2010年のオーディオベーシックVol.54に掲載された。「カモハクチョウ」にとって"実兄"というべき存在だが、占有床面積はこちらの方が遥かに大きい。
それからすると今作は同じ10cmの「オシドリ」からある程度の数値を生かすことができたせいもあって、「神が降りる」とはいかなかったものの、比較的スイスイとまとまっていきました。とはいえ、FE103En-SとFE103-Solではかなりデータが違い、また今作は占有床面積をできるだけ小さくすることも狙ったので、バックキャビの内容積からスロート断面積、音道長、開口率、開口面積のすべてが違う作例となりました。
何とか数値がまとまったところで板取図を書き始め、何とかギリギリの時間にホームセンターの板切り工房へ依頼を入れます。翌朝から作り始め、梅雨空の合間を見ながら「急がないと間に合わんぞ!」と作業を進めていたところで携帯に1本の電話がかかりました。
電話は「ステレオ」誌工作担当のNさんからでした。「え~、本日の試聴会の件ですが」
ええええっ! 私は金曜日だと信じ込んで作業を進めていたのですが、何と試聴会は水曜日だったのです。スピーカーはまだ3分の出来といったところで、とても午後早くに完成させて持っていくことなどかないません。事情を話し、平謝りしたところで「とにかくくるだけはきて下さい」ということになり、慌てて服を着替えて試聴会場の同誌試聴室へ向かうこととなりました。
既に完成した作品を手にお集まりだった諸先輩方へ平身低頭しながら試聴室へ入り、試聴会のみの参加ということにしてもらいました。今年は例年にも増して力作・傑作がそろっている印象です。
誌面でも掲載してもらっていますが、改めて各先生方の作品の個人的な印象をまとめておきますね。
T.P.O. by 須藤一郎
須藤一郎氏の「T.P.O.」は「Twin Port One」の略だそうで、なるほど上下にバスレフポートを持つ曲面構成のキャビネットは美しい白木の北欧家具調で、何となくデンマークDavone社の高級スピーカーRay-Sを彷彿とさせるものがあります。
Davone◎スピーカーシステム
Ray-S ¥880,000(2本1組、税抜き)
音もストレートで屈託がなく、結構なワイドレンジを聴かせます。「これは高く売れる!」と確信した作例でした。
お話を伺えば、このキャビネットは無印良品のゴミ箱というじゃないですか! タモの薄板を曲面に積層したものだそうで、タモは美しい上に極めて堅い木材ですから、それがよかったのでしょうね。また、奥へ向かって僅かにテーパーがかかっており、平行面がないのも美点なのではないでしょうか。このキャビネットは中が二重箱になっていて、ある種のダブルバスレフ的な動作をしているようですが、その内箱をしっくり収めるのに苦労されたとか。しかし、そのご苦労が十二分に報われる素晴らしい音が出ていたと思います。
ASD1032SD by 浅生昉
浅生昉氏のASD1032SDは、16ΩのSol2発の間に純マグネシウム・ドーム型トゥイーターFT200Dを挟んだバーチカル・ツイン構成という豪華版で、キャビネットは浅生さんがここ数年実験を重ねられている「名古屋方式」のダブルバスレフ(DB)です。
一聴して驚くのは帯域のつながりが極めて自然なことでした。いくら鳴きの少ないマグネシウムとはいっても金属振動板ですから、紙系のSolと上手くつながるのかなと思ったら、それは全くの杞憂でした。浅生さんは昨年も付録の5cmスキャンスピークと10cmのフォステクスをものの見事に違和感なくつながれていましたから、これは長年のノウハウを結集された「浅生マジック」なのだろうと思います。
OM-1 by 小澤隆久
小澤隆久氏のOM-1は何だかカメラみたいな型番ですが、「オザワモニター1号」の略だそうで、それだけ本作へ賭けた小澤さんの思いが伝わってきます。ユニット構成は堂々の4ウェイ、特にバスレフのウーファーとケルトン方式のサブウーファーが同じユニット(フォステクスFW168HR)で構成される「DDBK方式」というのは小澤さんの独自開発です。Sol(16Ω)は320Hz以上を受け持ち上は伸ばしっぱなし、スーパートゥイーター的にホーン型トゥイーターのFT96Hが0.1~0.22uFのコンデンサー1発で載せられています。
音はもう完全な「現代ハイエンド」のものです。ワイドレンジでパワフルで極めてきめ細かで音の粒が磨き上げられていて。誕生50周年を迎えたFE103の系譜を引くだけに、極めつけのやんちゃ坊主的な側面も持つSolを、ここまで現代風に調教するのは簡単なことではなかったろうと思います。しかも、それでいて再現性の素直さ、音色のみずみずしさは明らかにSolのものです。
小澤さんご本人が「30年の自作歴の中で最高」と太鼓判を押されていますから、このOM-1は長く小澤さんのリファレンス・スピーカーとして活躍するのでしょうね。
Active Monitor 103 by 石田善之
石田善之氏のActive Monitor 103は、ちょっと昔懐かしい小型モニターという風情を漂わせるややバッフル大きめのキャビネットに人工皮革が張り回されており、それがまたとても自作とは思えないレベルの美しい面構成を持っています。昨年に引き続いてアンプ内蔵で、しかもSolとこのキャビネットに合わせてアンプのf特を僅かに操作、よりフラットで大スケールの再生を可能にしているんですね。
音はSolの素直さ、元気さ、たたずまいの端正さを存分に聴かせながら、とてもこの口径とは思えないスケール感を味わわせます。まさに石田先生でなくては実現できない「創意と技術の頂点による融合」といいたくなる作品でした。
試聴会で大いに刺激を受け、早く私の作例も完成させなきゃと作業に取りかかります。今年は本当に「もう大丈夫だろう」と資材や工具を広げたと思ったら、それを見透かしたようにザーッとやってくるという厄介な天気に悩まされ通しでしたが、それでも何とか想定通り金曜には完成、音を出し始めました。
鳴らし始めのBHなんてひどい音がするのが当たり前のようなもんで、まぁ今作ももうどうしようもなく音は飛んでこないわ低音はボヨンボヨンだわ、という状況でした。でもPCオーディオやネットラジオで間断なく音楽を鳴らし続け、翌日にはまぁそこそこのレベルへ達しました。そこでキャビネットに設けているデッドスペースへ砂を少量入れてやったら、これでほぼOKだろうという音に。
カモハクチョウ by 炭山アキラ
あくまで手前味噌な評価で失礼ですが、私の作例は前述したSolのやんちゃ坊主的な側面を全面的に解放させたようなサウンドとなりました。もちろんSolの素直さ、S/N感の高さ、伸びやかさも存分に聴こえてきますが、それらが少々減退しても元気さ、音離れの良さ、闊達さをギリギリまで聴かせるシステムになったと思っています。
奇しくも小澤さんのOM-1とは最も対照的なSolの使いこなしになったような気がしています。でもこれは「どちらかが正しくてどちらかが間違っている」というものでは決してありません。スピーカー設計者のキャラクター、というより「今回はどこを重視して設計したか」ということですかね。ユニットの持ち味をどう料理してお客様へ出すか、その着眼点が今回の小澤さんと私でちょうど逆方向になった、というに過ぎないのです。
誌面ではスペース的な問題でしょうね、わが作例のスペアナが軸上1mしか掲載されていなかったので、こちらにリスニングポジションのスペアナも掲載しておきますね。設計・製作者としては、どちらかというと後者のf特を皆さんに見てほしいものなのであります。
「カモハクチョウ」リスニングポジション周波数特性
今作は占有床面積を小さくするためにボディが縦長の構造となり、結果として首のやや短い「鳥型BH」になりました。10cmの鳥型は「スワン」に敬意を表してハクチョウの類縁種から名前を採ることにしているので、首の短いハクチョウはいないかなとネット検索したら、あぁ、いるいる。全身真っ白で顔つきはハクチョウとよく似ていますが、首が短くて全体的なプロポーションはアヒル的な「カモハクチョウ」です。何とも今作のネーミングにピッタリの鳥で笑っちゃいましたね。
こちらが鳥のカモハクチョウ。何とも味わい深いルックスである。
今回の「筆者競作」スピーカー群は、今年もおそらくどこかのオーディオショーで鳴き合わせの会が設けられると思います。多分私の「カモハクチョウ」も呼んでもらえると思います(苦笑)。その際には、ぜひ各先生方の創意によるSolの料理法と味付けの違いを大いに楽しんでほしいと思います。
その節は、(もし私も呼ばれていたらですが)皆さんとお会いできるのを楽しみにしていますね。
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