長岡先生のムック本が発売されました(その1)2014/07/15 18:00

ふう、ずいぶんご無沙汰をしてしまいました。言い訳になってしまいますが、思えば1月の末頃からつい先日まで、1週間以内に締め切りのないことがなかったという追いまくられっぷりだったのです。

もともと共同通信社のオーディオ雑誌「ガウディオ」(ご存じの方も多いかと思いますが念のため、同社が長く刊行していた「オーディオベーシック」の跡を襲った雑誌で、2013年に廃刊となりました)がなくなってしまったものですから、発表媒体の不足をこのブログで補おうという目論見でした。

それなのに、これまでもいろいろ仕事を回してくれていた音元出版「オーディオアクセサリー」「アナログ」「ネットオーディオ」などに加え、新たに音楽之友社の月刊「ステレオ」誌を筆頭として、ずいぶん使ってくれる雑誌が増え、かつてよりむしろ忙しくなってしまいました。うれしい誤算に各所へ頭の上がらない生活が続いています。

それにしても、普段は大体定期刊行の季刊誌が集中する2、5、8、11月とその前後1週間くらいが手のつけられないくらいの忙しさで、残りはまぁまぁ仕事がくるけれどそこそこノンビリ構えていられる、という状況ではあるはずでした。それなのに、年が明けてから何でこんなに途切れ目なく忙しかったのか。

もうご存じの人、それどころかお買い上げいただいた人も多いかと思います。この6月30日に1冊のムック本が音楽之友社から出版されました。「現代に甦る究極のオーディオ 観音力」です。"観音力"というタイトルで早くもピンとこられた人はキャリアの長いオーディオマニアでしょうね。そう、これは本当に久しぶりの故・長岡鉄男氏のムック本です。

現代に甦る究極のオーディオ 観音力
長岡鉄男・著 音楽之友社 ¥1,800+税

編集者の林信介さん(伊福部昭「管弦楽法」をはじめ、多数の名著を手がけてきた腕利きです)に「長岡鉄男さんの本を作りたい」と相談を受けたのは、何カ月も前のことになります。

種本として林さんは1975年刊行のラジオ技術社「図解スピーカ」と70年刊行の東洋経済新報社「ステレオの実際知識」を入手されていました。この2冊を写真から図版まで、「図解スピーカ」と記述の重なる「実際知識」のスピーカー編を除き、完全復刻して1冊に合本したいとのこと。恥ずかしながらこの2冊は私の手元になく、どれほどの内容のものかが分からないので「へぇ、面白いですね」という感想にとどまっていました。

図解スピーカ
長岡鉄男・著 ラジオ技術社 1975年刊行

ステレオの実際知識
長岡鉄男・著 東洋経済新報社 1970年刊行

実のところ、この2冊はとてつもない内容の濃さを持っていたので、実際にムックが出来上がってきてから「うわ、こりゃ2分冊にしても十二分の情報量だったな!」と肝を潰すこととなりました。1970~75年といえば長岡先生はいまだ40代の少壮期で、一方オーディオ界は日の出の勢いで伸び続けてはいたものの、業界や市場の広がりにユーザーの理論構築が追いついていなかった、という時代でもあります。

そんな時代に先生は独力で立ち向かい、難解な万巻の専門書を読破、それを独特のリズミカルな語り口で読者へ分かりやすく伝えるという難行をやってのけました。今でこそさまざまなオーディオ入門書があり、私自身も「入門スピーカー自作ガイド」などという単行本を出していますが、そういうものが一切なかった時代に広大な原野を切り拓き、独力で1本の道を創り上げていった長岡鉄男という人は、本当に不世出の天才だったのだなと今なお深く実感しています。

入門スピーカー自作ガイド
炭山アキラ・著 電波新聞社 ¥2,000+税

しかし、こういう理論解説ばかりではいささかムックとしての華に欠けるきらいなきにしもあらず、そこで「何かいい企画はないですかね?」と林さんに相談を受けた、という次第です。

長岡先生といえば、もう代名詞となっているのは「自作スピーカー」です。そこはひとつ何か先生の作例を復刻しましょうという提案をしたのですが、ただ復刻というだけではパンチに欠けます。やはり一定の時宜にかない、2014年の今その作例を復刻する意味合いのようなものを読者に納得してもらわなきゃいけませんからね。

それで「何かいいのがないかな」と考えていたところへ、まるでこの機を待っていたかのように登場したのがフォステクスの限定ユニットFE103-Solでした。以前に詳細をエントリしていますからそちらも参照していただけると幸いですが、FE103誕生50周年を記念して登場したこの限定ユニット、驚くべきことに16Ω版も用意されているのです。

FE-103-Sol
フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE103-Sol ¥6,500+税

今発売されている月刊「ステレオ」7月号でも少し解説していますが、16Ωのユニットというのはそもそもアウトプット・トランス(OPT)を持つ真空管アンプなどと組み合わせるとOPTの負担が軽くなり、音質向上が見込めるという理由から開発・生産されていたユニットで、OPTを持たないソリッドステート・アンプが主流となってからは、より多くの電流を流すことができる8Ωのユニットが主流となっていました。今は海外製を中心に4~6Ωのユニットも多いですね。

フォステクスの16Ωユニットは1980年代の半ば頃には生産完了となっていた記憶があります。1960年代の初頭に生まれたソリッドステート・アンプはOPTがいらない低コスト性と放熱の少なさ、スペースファクターの良さなどから瞬く間に真空管アンプの市場を蚕食し、1980年代にはもうほとんど駆逐してしまっている感がありましたから、それも致し方ないかと思います。

一方、こと日本国内においては1990年代の初め頃までにほとんど絶滅危惧リストへ載りそうだった真空管アンプは、エイアンドエム(エアータイト)やトライオードといった新世代メーカーの台頭もあって90年代の半ば以降に劇的な回復を遂げ、この21世紀には一般的なソリッドステートと真空管、そして高効率のいわゆる「デジタルアンプ」で三者鼎立、といったイメージの市場が形成されています。そういう時代の趨勢をしっかりと見定めた上で16Ωユニットは開発されたのでしょうね。慧眼だったと思います。

そしてFE103の16Ωというと、わが同世代以上の長岡ファンの皆様にとってはもう切り離すことのできない作例が浮かぶのではないかと思います。「マトリックス・スピーカー」です。1本でステレオ、いやそれのみならず部屋中を音が飛び交う超サラウンド音場を展開してくれる奇跡のようなスピーカーで、フルレンジ・スピーカー、バックロードホーンとともに「長岡鉄男の象徴」というべきスピーカーではないかと私は考えています。

何で16Ωユニットでないとダメなのかというと、この形式はユニット接続の都合で総合インピーダンスが16Ωユニットなら約5.3Ωになってしまうのです。つまり、8Ωユニットで組めばトータル約2.7Ωになるということですね。

アキュフェーズ製品を筆頭に昨今の高級アンプなら2Ωくらい余裕でギャランティしてくれるものですが、それでもいまだ結構なパーセンテージで4Ωまでしか保証していないメーカーがあり、そういうアンプでも鳴らせなくはないにしろ、その結果アンプに問題が起こってもメーカー保証が受けられなくなってしまうのです。

かくいう私ももうずいぶん昔の学生時分に文化祭の模擬店へ自分のアンプ(サンスイAU-D607)を持ち込み、スピーカーマトリックス接続でガンガン鳴らしていたら出力段を焼いちゃったことがありました。何かと気をつけなきゃいけない方式なのです。

長岡先生の適当な作例を探している折もおり、30年ぶりくらいに16Ωユニットが目の前へ舞い降りる。これを「天の配剤」といわずして何という! というわけで早速編集の林さんに連絡を取り、「先生のMX-1かMX-10を製作するのはどうでしょう?」と持ちかけました。

「MX-10は結構複雑な作例だし、作るとするとMX-1になっちゃうかなぁ。ともあれ、どちらを作るにせよ実現するならムックの大きな看板のひとつになるだろう」などと考えていたのですが、何と両方とも作ることとなったのには驚きました。いやはや、剛毅なものです。

MX-10
1984年に音楽之友社から刊行された「長岡鉄男の傑作スピーカー工作」第8巻から今回のムックへ転載されたMX-10の構造図。私も長く編集者としてスピーカー工作のページを作ってきたが、恥ずかしながらこんなに分かりやすい図解を今に至るまで見たことがない。全10巻から成る「傑作スピーカー工作」そのものを全巻復刻してほしいくらいである。

しかも、製作は名手・最上鉦三郎さんが担当してくれるというではないですか! ご存じの人が多いでしょうね。最上さんは月刊「ステレオ」で長く自作ページを担当されてきた人で、一体どれほどの長さか分からないくらいの間、編集長を務められた人でもあります。また、毎年毎年「ステレオ」誌で発表される膨大な長岡先生の作例をほとんど一手に引き受けて作られていた人なんですね。これで私は大船に乗ったつもりになって工作現場へ向かったものです。

出来上がったMX-1とMX-10は、さすが名手のキャビネットと最新の限定ユニットを組み合わせただけのことはある、という異次元の超音場を聴かせてくれました。まぁこの辺は、よかったらムックをご一読下さい。私が試聴記を書かせてもらっています。

ざっと紹介しようと思って書き始めたら、またしてもずいぶん長くなってしまいました。まだまだ書かねばならない話題はたくさん残っていますが、この辺でひとまず「つづき」ということにさせて下さいな。

長岡先生のムック本が発売されました(その2)2014/07/18 13:40

長岡鉄男氏のムック本を製作するに当たり、もうひとつ提出していた企画がありました。

現代に甦る究極のオーディオ 観音力
音楽之友社 ¥1,800+税

まだ先生がご存命で、私は担当編集者としてほとんど毎週「方舟」を訪問していた頃の話です。先生には本当にいろいろなスピーカーを作っていただきましたが、そのいくつかは取材中の雑談から生まれたものでした。

そうやって形になった一番最初はFF125K×1発のCW型BH、D-100だったなぁ。当時発売されたばかりのFF125Kを使って、D-70以降の直管型BHを作るというのはどうでしょう? と恐るおそる提案した私に、「あぁ、それは面白いね」とすぐ先生が答えて下さったのには感激したもんでした。

ちなみに、何で恐るおそるだったかといえば、当時はまだ先輩編集者から担当編集を引き継いで間がない頃で、先生に提案するなんてとても恐れ多く感じていたからです。先生ご自身は若い者でも分け隔てなく接して下さる、至って気さくな人でしたけどね。

そうやっていくつもの作品を手がけていただいた中には、打ち合わせだけで実物が間に合わなかった作例も存在しています。企画が温まったところで先生が亡くなられてしまったのですね。いくつかそういう作例があった中で、今も鮮明に記憶しているのは「D-3MkIII」です。もうすっかり打ち合わせて実現を待つばかりとなっていたのに、先生は図面を残される間もなく旅立たれてしまいました。

ちなみに、月刊「ステレオ」で掲載された「スーパータワーリングインフェルノ」はそんな雑談の中で生み出され、図面のみが残された作例となりました。追悼記事を掲載する都合で「ステレオ」での掲載になりましたが、あれ、本当はFMfan(共同通信社 廃刊)で掲載するつもりで私が先生にお願いしたものだったのです。

そのD-3MkIIIは、かなり板取りに余りのあったD-3MkIIをアレンジして、強力型ユニットに対応する新世代のD-3を作るのはどうでしょう? という提案でした。先生もすぐに乗ってきて下さったことを覚えています。

D-3MkIII改
今回のムック本に掲載されたD-3MkIIの構造図。MX-10と同様「長岡鉄男の傑作スピーカー工作」シリーズ第2巻から転載されたものだ。それにしても、ほれぼれするほど美しい図版である。

晩年の長岡流BH設計法とシンプルで作りやすいD-3の音道構成を融合したらどんな作品になるだろう? 余った板をどういう風に活用され、どんな音道構成で、どんな補強が入ったBHになったろう? などと推測は膨らみますが、こればっかりはもう先生があちらへ持っていかれてしまったので図面にすることはかないません。

しかし、少年期に読んだD-3MkIIの初出原稿には「やる気があったら横幅を広げることができる」と先生ご自身が書かれていたという記憶がありました。ならば先生がおっしゃったようにD-3MkIIの横幅を広げた図面を引き、実際に製作してやれば、強化された現代のフルレンジにも対応するBHになるんじゃないか、そう思ってムック編集の林さんに提案しました。

今となってはもうすっかりロングセラーですが、あのFE208EΣですら長岡先生の存命時には間に合わなかったのです。最新のFE206EnにしてもEΣほどの強力型ではないにしろ、MkII当時のFE203Σより強力なユニットとなっています。そういうユニットに合わせた「D-3アップデート版」としては、悪くない提案だったとわれながら思います。

フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE208EΣ ¥25,000+税(1本)

D-3MkIIのオリジナル図面を元にできる限りの拡幅を目指してあれやこれやと板取りの配置を見直し、結局4cmの拡大に成功しました。図面を引いちゃってから、林さんが発掘してくれた初出時の原稿を久しぶりに読み直したら、やっぱり先生も「4cm拡幅できる」と書かれていてホッ。どうやら当初のイメージ通りに仕上がっているようです。

私自身、D-3オリジナルと16cmのD-1を製作したことがあり、初めてではありましたがD-3MkII改の製作は気楽なものでした。疲労が蓄積しない程度に工作して2日で完成、工作上級者なら1日で組み上げてしまう人がおられるかもしれません。

現に、MX-1とMX-10を製作されていた最上さんは私が横でD-3MkII改を1ペア作っている間にその両方を完成させてられましたからね。1本ずつしか作る必要がないとはいえ、とりわけMX-10はかなりの難物で、しかもあれは共同通信社「FMfan」掲載の作例でしたから、音楽之友社「ステレオ」編集長の最上さんにとって初めて手がけられる製作のはずなのです。その手際良さ、動画に撮っておきたいくらいでしたねぇ。

完成したD-3MkII改にマウントするユニットは、フルレンジがルックスの連続性を狙ってFE206En、トゥイーターは少しぜいたくをしてT90Aを採用しました。コンデンサーはCSの0.33uFを逆相接続、トゥイーターをバッフル面位置でほぼフラットになりました。わが家のBHではFE206EnにFT96HをつないでCTの0.68uF、逆相のバッフル面位置でフラットですから、T90Aはかなり能率が高いようですね。

FE206En
フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE206En ¥11,000+税

フォステクス◎ホーン型トゥイーター
T90A ¥19,000+税

まる1日のエージングを経た後に音楽を聴き始めましたが、これはもう万全といってよいと思います。たまたまかなり軽めの板材がやってきて、ポコポコ鳴らないか心配したのですが、それもほぼ杞憂に終わりました。バックキャビに少量の砂を詰めたせいもあってボンつきは極めて少なく、BHらしい陽性で景気良く鳴り渡るサウンドが満喫できました。広くお薦めできる作例になったと思います。

ひとつだけ、お詫びと訂正があります。3ページの板取図は私が作図したものですが、4枚の板に板番号の振り忘れがありました。2枚目の板の左下隅、280×50mmの板ですが、これは20番と21番の板がそれぞれ2枚ずつということになります。読者の皆様へ謹んでお詫びし、訂正させていただきます。

お詫びと訂正
写真中央左の4枚が痛恨の記入洩れ、申し訳ありません。



「現代に甦る究極のオーディオ 観音力」でもうひとつの大きな柱は、SS-66「モアイ」誕生と発展の顛末をほぼすべて網羅したことでしょうね。もともとは日本の第一人者というべきフルート奏者にしてウルトラオーディオマニアの加藤元章さんが、方舟サウンドに感銘を受けて長岡先生にモニタースピーカーの設計を依頼したところから始まった「モアイ」は、実に長い物語となりました。私も編集者時分に毎号読んでいたはずなんですが、改めて読み返すと「こんなに波乱万丈だったっけ」とビックリしましたね。

モアイ誕生秘話
第3章「SS-66モアイ誕生秘話」の扉ページ。

しかも、伝説となった「金子英男が長岡鉄男作品を対策する」企画も完全再録されています。いや、今読み返しても故・金子先生の微に入り細を穿つ対策はすごいものがありますね。私自身はその両者の音を聴く機会を逃してしまいましたが、全然別物になっていただろうなということはひしひしと理解できます。

「モアイ」の項の最後に加藤さんのインタビューが掲載されているのですが、これは今年になってから収録されたものです。20kg以上も減量されたという加藤さんはまるで別人、20年近くの時を経たとは思えない若々しさにまず驚き、ますます亢進している節のある加藤さんのこだわりぶりも一読の価値ありです。



ふう、ごく簡単に紹介するつもりが、大変な量になってしまいました。とにかくこのムック、情報量がケタ違いで、CP(コストパフォーマンス)重視の立場からすると「1文字あたりのCP」は最高! といって間違いないでしょう。たっぷり時間をかけて楽しめるムックになったと思っています。監修者の立場から申し上げると少々生臭くなってしまうのは致し方ありませんが、もしよろしかったらお買い上げいただけると幸甚です。

今回は大部の単行本2冊+αという情報量を収めましたが、長岡先生の残された業績のほんのちょっとを切り欠いたに過ぎません。まだまだ読んで面白く後世のためになる長岡鉄男作品はうずたかく残されています。本書が売れたら「次を!」という声が出るやもしれず、そうなったらまたどんどん面白いムック本が世に出ることとなります。私自身を含め、長岡ファンにとってはワクワクするような展開じゃありませんか。

まだ「獲らぬ狸の皮算用」ではありますが、もう「次は何を収録するのがいいかなぁ」などと考え始めています。「こんなのはどうだい?」という提案があったら、コメント欄にでもリクエストしてもらえると幸いです。私には決定権というようなものはありませんが、編集さんはじめスタッフに必ず伝えますね。

月刊「ステレオ」2014年8月号が発売されました(その1)2014/07/23 13:27

先週末の6月19日に月刊「ステレオ」の最新号が発売されましたね。今号は年に一度の「工作特大号」です。

2014年8月号
Stereo 2014年8月号
音楽之友社 ¥3,528+税

ここ数年ずっとスピーカーユニットの付録つきという剛毅な特集号ですが、何と今年はウーファーとトゥイーターによる2ウェイ・ユニットが箱の中に封入されています。8cm口径のコーン型ウーファーに2cm口径のドーム型トゥイーターという陣容を、ちょっとだけのぞいてみることとしましょうか。

2014年付録ユニット
今年の付録は2ウェイ! 8cmウーファーにはPW80、2cmドーム型トゥイーターにはPT20という型番がついている。

ウーファーのm0(実効振動質量)は2.3gとあります。バックロードホーンにも使えるフルレンジのFE83Enが1.53g、穏やかなバスレフ向きフルレンジのFF85WKが2gですから、やや重いともいえますが、まぁフルレンジとそう変わらないともいえそうです。

一方、出力音圧レベルは83dB。FE83Enが88dB、FF85WKが86.5dBですから、こちらはかなり低めの数値ですね。

f
0(最低共振周波数)は130Hz。こちらはFE83Enが165Hzと思い切って高く設定していますがFF85WKは115Hzとかなり低めに欲張っています。

どうやらこのウーファー、トータルでは限られた物量の中で極力尖った部分を持たせず、2ウェイの設定をしやすいように考えられたユニットなのではないかと思えてきます。上の方は5kHzから急上昇で10kHzにピークがあり、そこから急降下するかと思いきや、何とか踏みとどまって20kHzまでしっかり伸びてから落ちています。このピークをどう養生するか、あるいはそのまま鳴らしてしまうかで、スピーカーのキャラクターはかなり左右されるんじゃないかと思われます。

トゥイーターは1kHzより少し上にf
0のピークがあって、f特もその辺を中心に低い山を作りそこから下は急降下、上は8kHzくらいまではほぼフラットで、そこから先は凹凸を加えながらダラ下がりに50kHz近辺まで伸びています。周波数特性を見る限り、かなり「使える」トゥイーターに見えてきます。

こちらはまず1kHz近辺の山をどう扱うかが問題になります。周波数特性的には伸びていてもf
0の近辺はインピーダンス特性の山が影響して周波数特性を持ち上げているのですから、音質は劣化するしダンピングも悪くなります。もしぎりぎり下まで使いたいということなら、10~50Ωくらいの抵抗をパラに挿入してf0の山をつぶしてやらないとネットワークの特性を狂わせるし、つぶしてフラットにしてやってもどのみちあまり高音質を望むことはかないません。

やっぱりユニット製造元のフォステクスが指定する通り、3kHz以上のクロスオーバーで使うのが無難なようです。もっとも、このセットにはネットワーク素子も付属していて、それは1uFのコンデンサー(無極の電解)1発のみですから、数値でいえばウーファーは伸ばしっぱなし、トゥイーターのみ20kHzのクロスということになります。明らかにこれ、フルレンジ+スーパートゥイーター的な考え方ですね。

ただし、誌面ではユニットを設計されたフォステクスの佐藤勇治さんがコイルとコンデンサーを使った本格的なネットワークも解説してられますから、いろいろに実験してみるのが面白いのでしょうね。

フォステクス佐藤勇治さん
完成したバスレフ型キャビネットを手にするフォステクスカンパニーSP技術の佐藤勇治さん。

また、佐藤さんはキャビネットもいくつか提案されています。ダブルバスレフ方式の図面も掲載されていますが、これはもうすぐ同社から完成品キャビネットとして販売されるそのものの図面だとか。一足先にご自分で作ってしまわれるのもいいんじゃないかと思います。

P2080-E
フォステクス◎スピーカー・キャビネット
P2080-E ¥4,000+税(1本 8月下旬発売)

フォステクスがオフィシャルに発売する付録ユニット専用のダブルバスレフ型キャビネット。なかなか美麗な仕上げだが、1本4,000円とびっくりするほど安い。工作の苦手な人はこれを購入されるのが最善手の一つとなろうが、せっかく図面が公開されているのだ、自作を趣味とする人ならご自分で板を切ってきて作られた方が当然面白いだろう。

フォステクスの「オフィシャル」設計以外にも、例年のように小澤隆久氏の「100均素材で作るキャビネット」や「本格的なハイファイ」のVQWT型(「ダクト付き共鳴管」と説明されています)トールボーイ、浅生昉氏のダブルバスレフ、そして石田善之氏の2ウェイ3スピーカー音場型という美麗物件が掲載されています。各先生方の創意には読者がご自分でキャビネットを構想・設計される際のヒントが山のようにちりばめられていますから、読んでいるだけでもいろいろと構想が広がるんじゃないでしょうか。

小澤隆久さんの「ダイソー作例」
小澤隆久さんが100円ショップの「ダイソー」で売られている6mm厚MDFを使って設計・製作された作例。例年のことながらその創意には同じスピーカー工作者として瞠目を禁じ得ない。

私には誌面で付録ユニットによるキャビ製作のお呼びがかからなかったもので、この付録ユニットは見本誌同封分が1セットあるだけですが、こうやって解説していると構想がムクムクと湧き上がってきました。そのうちこのブログで何かしら作るかもしれません。といっても7月末からは「オーディオアクセサリー」と「ステレオ」で忙しくなることが予想されるので、もうちょっと先になりそうですけどね。

バスレフとダブルバスレフ、共鳴管(VQWT)は既に作例が挙がっているので、私は何を作ろうかな。思い切ってバックロードホーン? それとも個人的にこれまで作ったことのないトランスミッション・ライン方式でも試してみましょうかね。

これから始まる取材と原稿書きの日々ですが、合間を見つつ構想を膨らませていきたいと思います。

月刊「ステレオ」2014年8月号が発売されました(その2)2014/07/25 12:37

2014年8月号
Stereo 2014年8月号
音楽之友社 ¥3,528+税

月刊「ステレオ」の「工作特大号」は、先のエントリに書いた通り付録ユニットとそれらを使った製作記事が大きな目玉となっていますが、長年続く人気企画にあと何本かの柱があります。自作スピーカーの「筆者競作」もその一つといってよいでしょうね。毎年一定のルールを定め、それに則っておなじみの筆者陣が思いおもいにスピーカーを作り、一堂に会して相互に感想を述べ合うというものです。

私も昨年から呼んでもらえるようになったこの企画ですが、今年は話題の限定フルレンジ、フォステクスFE103-Solを使用することというのが唯一のルールで、多数使いや他にユニットを付け加えるのも自由、予算も制限なしということでした。

FE-103-Sol
フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE103-Sol ¥6,500(1本、税抜き)

昨年は「付録の5cmフルレンジ・ユニットを片側3発まで使用。ユニット追加は自由、予算制限なし」というルールで、私はフルレンジを1発使って極めてささやかな音道のバックロードホーンを作り、その下にフォステクスの10cmフルレンジP1000Kを使ったスタンド兼用のダブルレゾナンス・ウーファー(DRW)を組み合わせるという方式の「ソラシド♪」と名づけた作例を製作したものでした。

ソラシド♪
昨年発表した「ソラシド♪」。5cmフルレンジがお題だというのに占有床面積30×30cm、高さ1m超というバカでかいキャビネットを作ってしまった。参加初年ゆえ「ネタ担当」という意味合いもあっての悪ノリである。

昨年も「付録ユニット片側3発まで」という縛りはありましたが実質上の青天井みたいなものでした。それでも付録ユニットを3発使われていたのは小澤隆久氏お1人、須藤一郎氏は付録1発のみで、石田善之氏は付録ユニット×1発にアンプ内蔵のモニター仕様、浅生昉氏はフォステクスP1000Kとの2ウェイという格好でした。私は浅生さんと同じ付録+P1000Kにデイトンのドーム型トゥイーターを載せた3ウェイ、しかしネットワークはトゥイーターのコンデンサー1発だけというユニット構成です。まぁ青天井にされてもあんまりいろんなものを放り込んだら収拾がつかなくなっちゃいがちですから、これがいいところだったんじゃないかと。

一方、今年はフルレンジの使用本数制限まで撤廃され、ますます青天井に。といっても私は「鳥型BHを作る!」と決めちゃっていたのでSol×1発のみ、特にSolは高域まで本当にきれいな音なので、プラス・スーパートゥイーターも最初から考えていませんでした。

BHの設計というものは「連立方程式を暗算で解く」ような作業といえばいいかな? あちら立てればこちらが立たず、何箇所かに分散した項目のせめぎ合いを、どうにかこうにか折り合わせながら進めていくのが常です。そんな時、ごく稀にではありますが「神が降りてくる」ことがあります。ある一定のラインを超えた瞬間、すべての数値が面白いように枠へ収まっていって、ほとんどデータの修正もなしにあっさりと音道構成から板取りまで完成してしまうのです。

わがオリジナル設計BHの2作目、学研「大人の科学マガジン」特別編集「まるごと手作りスピーカーの本」に掲載した「ヒヨッ子」という作例がまさにそうでした。今見ても実に合理的な音道構成で、よくもまぁ二十代の頃にこんなきれいなBHを作ったもんだとわれながら惚れぼれするくらいです。

ヒヨッ子
もう10年近くも前、2005年の学研「大人の科学マガジン」シリーズに提供したわが作例「ヒヨッ子」は、1986年に故・長岡鉄男氏が初代「スワン」を発表されてすぐに設計・製作したものだ。私は当時22歳、まだ大学生だった。当時はテクニクスの7cmフルレンジEAS-7F10を取り付け、7F10に由来する100Hz以下急降下のf特に悩まされつつも、社会人になった後までずいぶん長く使ったものだ。

でも、これはもう明らかな「ビギナーズ・ラック」でした。この作品を完成させた私は完全に調子に乗ってしまい、「何だ、BHなんて簡単じゃん」とばかりに自分のオリジナルBHを次々と設計し始めるのですが、どうも勝手が違います。「ヒヨッ子」を設計した時のようにすいすいと数値が収まってくれないんですね。

大体BHというヤツ、開口率をちょっと上げればキャビ全体が馬鹿デカくなり、スロートを大きくしようとすると開口率を下げなければまた巨大キャビになります。かといってあまり開口率を下げたら音響迷路と変わらなくなり、開口の小さなショボくれた作品になってしまいます。その上で板取りの効率や作りやすさなんかの項目も加わってくるのですから、そんなもの「ヒヨッ子」みたいにスイスイとまとまるわけがないのであります。

というわけで、BHの設計では今なお数値を積み重ねては崩し、また別の山を作っては叩き壊し、とさながら賽の河原を思わせる作業が続きます。最近の作例で一番苦労したのは10cmの限定モデルFE103En-S用に作った「オシドリ」だったなぁ。

オシドリ
FE103En-S用に設計した「オシドリ」。2010年のオーディオベーシックVol.54に掲載された。「カモハクチョウ」にとって"実兄"というべき存在だが、占有床面積はこちらの方が遥かに大きい。

それからすると今作は同じ10cmの「オシドリ」からある程度の数値を生かすことができたせいもあって、「神が降りる」とはいかなかったものの、比較的スイスイとまとまっていきました。とはいえ、FE103En-SとFE103-Solではかなりデータが違い、また今作は占有床面積をできるだけ小さくすることも狙ったので、バックキャビの内容積からスロート断面積、音道長、開口率、開口面積のすべてが違う作例となりました。

何とか数値がまとまったところで板取図を書き始め、何とかギリギリの時間にホームセンターの板切り工房へ依頼を入れます。翌朝から作り始め、梅雨空の合間を見ながら「急がないと間に合わんぞ!」と作業を進めていたところで携帯に1本の電話がかかりました。

電話は「ステレオ」誌工作担当のNさんからでした。「え~、本日の試聴会の件ですが

ええええっ! 私は金曜日だと信じ込んで作業を進めていたのですが、何と試聴会は水曜日だったのです。スピーカーはまだ3分の出来といったところで、とても午後早くに完成させて持っていくことなどかないません。事情を話し、平謝りしたところで「とにかくくるだけはきて下さい」ということになり、慌てて服を着替えて試聴会場の同誌試聴室へ向かうこととなりました。

既に完成した作品を手にお集まりだった諸先輩方へ平身低頭しながら試聴室へ入り、試聴会のみの参加ということにしてもらいました。今年は例年にも増して力作・傑作がそろっている印象です。



誌面でも掲載してもらっていますが、改めて各先生方の作品の個人的な印象をまとめておきますね。

T.P.O.
T.P.O. by 須藤一郎

須藤一郎氏の「T.P.O.」は「Twin Port One」の略だそうで、なるほど上下にバスレフポートを持つ曲面構成のキャビネットは美しい白木の北欧家具調で、何となくデンマークDavone社の高級スピーカーRay-Sを彷彿とさせるものがあります。

Ray-S
Davone◎スピーカーシステム
Ray-S ¥880,000(2本1組、税抜き)

音もストレートで屈託がなく、結構なワイドレンジを聴かせます。「これは高く売れる!」と確信した作例でした。

お話を伺えば、このキャビネットは無印良品のゴミ箱というじゃないですか! タモの薄板を曲面に積層したものだそうで、タモは美しい上に極めて堅い木材ですから、それがよかったのでしょうね。また、奥へ向かって僅かにテーパーがかかっており、平行面がないのも美点なのではないでしょうか。このキャビネットは中が二重箱になっていて、ある種のダブルバスレフ的な動作をしているようですが、その内箱をしっくり収めるのに苦労されたとか。しかし、そのご苦労が十二分に報われる素晴らしい音が出ていたと思います。

ASD1032SD
ASD1032SD by 浅生昉

浅生昉氏のASD1032SDは、16ΩのSol2発の間に純マグネシウム・ドーム型トゥイーターFT200Dを挟んだバーチカル・ツイン構成という豪華版で、キャビネットは浅生さんがここ数年実験を重ねられている「名古屋方式」のダブルバスレフ(DB)です。

一聴して驚くのは帯域のつながりが極めて自然なことでした。いくら鳴きの少ないマグネシウムとはいっても金属振動板ですから、紙系のSolと上手くつながるのかなと思ったら、それは全くの杞憂でした。浅生さんは昨年も付録の5cmスキャンスピークと10cmのフォステクスをものの見事に違和感なくつながれていましたから、これは長年のノウハウを結集された「浅生マジック」なのだろうと思います。

OM-1
OM-1 by 小澤隆久

小澤隆久氏のOM-1は何だかカメラみたいな型番ですが、「オザワモニター1号」の略だそうで、それだけ本作へ賭けた小澤さんの思いが伝わってきます。ユニット構成は堂々の4ウェイ、特にバスレフのウーファーとケルトン方式のサブウーファーが同じユニット(フォステクスFW168HR)で構成される「DDBK方式」というのは小澤さんの独自開発です。Sol(16Ω)は320Hz以上を受け持ち上は伸ばしっぱなし、スーパートゥイーター的にホーン型トゥイーターのFT96Hが0.1~0.22uFのコンデンサー1発で載せられています。

音はもう完全な「現代ハイエンド」のものです。ワイドレンジでパワフルで極めてきめ細かで音の粒が磨き上げられていて。誕生50周年を迎えたFE103の系譜を引くだけに、極めつけのやんちゃ坊主的な側面も持つSolを、ここまで現代風に調教するのは簡単なことではなかったろうと思います。しかも、それでいて再現性の素直さ、音色のみずみずしさは明らかにSolのものです。

小澤さんご本人が「30年の自作歴の中で最高」と太鼓判を押されていますから、このOM-1は長く小澤さんのリファレンス・スピーカーとして活躍するのでしょうね。

Active Monitor 103
Active Monitor 103 by 石田善之

石田善之氏のActive Monitor 103は、ちょっと昔懐かしい小型モニターという風情を漂わせるややバッフル大きめのキャビネットに人工皮革が張り回されており、それがまたとても自作とは思えないレベルの美しい面構成を持っています。昨年に引き続いてアンプ内蔵で、しかもSolとこのキャビネットに合わせてアンプのf特を僅かに操作、よりフラットで大スケールの再生を可能にしているんですね。

音はSolの素直さ、元気さ、たたずまいの端正さを存分に聴かせながら、とてもこの口径とは思えないスケール感を味わわせます。まさに石田先生でなくては実現できない「創意と技術の頂点による融合」といいたくなる作品でした。



試聴会で大いに刺激を受け、早く私の作例も完成させなきゃと作業に取りかかります。今年は本当に「もう大丈夫だろう」と資材や工具を広げたと思ったら、それを見透かしたようにザーッとやってくるという厄介な天気に悩まされ通しでしたが、それでも何とか想定通り金曜には完成、音を出し始めました。

鳴らし始めのBHなんてひどい音がするのが当たり前のようなもんで、まぁ今作ももうどうしようもなく音は飛んでこないわ低音はボヨンボヨンだわ、という状況でした。でもPCオーディオやネットラジオで間断なく音楽を鳴らし続け、翌日にはまぁそこそこのレベルへ達しました。そこでキャビネットに設けているデッドスペースへ砂を少量入れてやったら、これでほぼOKだろうという音に。

カモハクチョウ
カモハクチョウ by 炭山アキラ

あくまで手前味噌な評価で失礼ですが、私の作例は前述したSolのやんちゃ坊主的な側面を全面的に解放させたようなサウンドとなりました。もちろんSolの素直さ、S/N感の高さ、伸びやかさも存分に聴こえてきますが、それらが少々減退しても元気さ、音離れの良さ、闊達さをギリギリまで聴かせるシステムになったと思っています。

奇しくも小澤さんのOM-1とは最も対照的なSolの使いこなしになったような気がしています。でもこれは「どちらかが正しくてどちらかが間違っている」というものでは決してありません。スピーカー設計者のキャラクター、というより「今回はどこを重視して設計したか」ということですかね。ユニットの持ち味をどう料理してお客様へ出すか、その着眼点が今回の小澤さんと私でちょうど逆方向になった、というに過ぎないのです。

誌面ではスペース的な問題でしょうね、わが作例のスペアナが軸上1mしか掲載されていなかったので、こちらにリスニングポジションのスペアナも掲載しておきますね。設計・製作者としては、どちらかというと後者のf特を皆さんに見てほしいものなのであります。

スペアナ
「カモハクチョウ」リスニングポジション周波数特性

今作は占有床面積を小さくするためにボディが縦長の構造となり、結果として首のやや短い「鳥型BH」になりました。10cmの鳥型は「スワン」に敬意を表してハクチョウの類縁種から名前を採ることにしているので、首の短いハクチョウはいないかなとネット検索したら、あぁ、いるいる。全身真っ白で顔つきはハクチョウとよく似ていますが、首が短くて全体的なプロポーションはアヒル的な「カモハクチョウ」です。何とも今作のネーミングにピッタリの鳥で笑っちゃいましたね。

カモハクチョウ
こちらが鳥のカモハクチョウ。何とも味わい深いルックスである。

今回の「筆者競作」スピーカー群は、今年もおそらくどこかのオーディオショーで鳴き合わせの会が設けられると思います。多分私の「カモハクチョウ」も呼んでもらえると思います(苦笑)。その際には、ぜひ各先生方の創意によるSolの料理法と味付けの違いを大いに楽しんでほしいと思います。

その節は、(もし私も呼ばれていたらですが)皆さんとお会いできるのを楽しみにしていますね。

ケーブル大全2015が発売されました2014/07/31 10:12

もうちょっと間が空いてしまいましたが、音元出版から「ケーブル大全2015」が発売されました。2年に一度ずつ、「電源&アクセサリー大全」と隔年で発売されるムック本で、ケーブルとアクセサリーの「年鑑」「図鑑」として大いに役立つ本といってよいでしょう。私ら業界関係者にとっては「座右の書」でもあります。

ケーブル大全2015
ケーブル大全2015
音元出版 ¥1,852+税

アンプやスピーカーといったオーディオ機器がほとんど掲載されず、それでいて広告も少なく記事の密度が極めて高いという、オーディオ関連誌としては極めて尖ったジャンルに属するこのムックですが、幸い売れ行きは悪くないようで、刊行が重ねられています。

思えば趣味の世界では「神は細部に宿る」とよくいわれるもので、こういう"尖った"情報をこそしっかりと網羅した刊行物が効果を発揮するシチュエーションが多いのでしょう。実際、ケーブルは「コンポーネンツの一員」と断言してもよいくらいシステムの表現を決定的に左右しますからね。

特に今回の「2015」は例年よりもずっと注目される要素が満載です。もう先刻ご存じの人も多いでしょう。オーディオケーブル業界で導体として大きなシェアを誇っていたPC-OCC(大野連続鋳造法による銅線)の生産が2013年をもって終了してしまったのですね。おかげで昨年からのケーブル業界は阿鼻叫喚の巷といいたくなる大騒ぎでした。オーディオマニアのよく知るあの社もこの社も、軒並み自社製品の生産が続けられなくなってしまったのですから。

しかし、各社ともただ茫然としているわけにはいきません。オーディオ業界はとにかく音楽表現をより良きものへ進めていかなければならないのです。長い年月とあふれんばかりの情熱をもって自室の音質を薄紙1枚ずつ、髪の毛1筋ずつ向上させてきたわが業界のお客様、すなわち私自身も含めたオーディオマニアという存在は、業界の停滞すら堕落と捉えずにはいられません。

まして、「PC-OCC素材がなくなってしまったので昔のタフピッチ銅に戻します。なに、音質なんてそんなに変わりませんよ」なんてことをいうメーカーが現れたら、それは自らの半生を費やして「音楽の真の姿」を探求してきたお客様を否定することになってしまいます。

幸い、わが業界の開発能力は想像を遥かに超えるものでした。PC-OCCの終焉がアナウンスされたと思ったら、年をまたがずしていくつかの有望な高品位導体が名乗りを挙げたのです。

多くの社が最も有望な素材として採用に乗り出したのはPC-TripleCと呼ばれる素材でした。電子機器の内部配線など、極めて繊細な配線材を作るには銅の純度を高くしておかないと線がすぐに切れてしまいます。そういう用途のために生産されている特別に純度の高い無酸素銅をまず太い線材にして、そこから日本刀のように叩いて延ばす、すなわち鍛造することにより結晶の粒界が縦に伸び、導体内接点の害が少なくなるというのがPC-TripleCの最も注目すべきところです。

また、一般の銅線はミクロの目で見ると結構すき間があるのだそうですが、こうやって叩くことですき間を激減させ、導電特性の向上も得られるのだとか。また、これは個人的な推測でしかありませんが、日本刀は叩いて鍛造していくことによって不純物が端へ追いやられ、鋼の純度が高まっていくということを聞いたことがあります。ひょっとしてPC-TripleCにもそんな効果があるんじゃないかな、などと想像が広がります。

PC-TripleC導体構造
音元出版Phile WebのPC-TripleC紹介記事よりスクリーンショットを取らせてもらった。高純度の導体を「叩いて延ばす」ことにより結晶の粒界が縦に伸びていくことが目で見える、素晴らしい図解ではないかと思う。

資料を一瞥した限りでは、かつて日立電線(現・日立金属)が開発したLC-OFCを思わせますが、あれは大きな結晶のOFCを作っておいてそれをダイスで線材へ引く際に結晶を線形とする、というのが技術的な主眼だったと記憶しています。

LC-OFCは細線に引いた後で焼きなまし(アニール)をするとせっかくの線形結晶が元に戻ってしまうと当初考えられていたので、極めて硬くバネ成分の強い線材でした。その結果、何となく中高域が明るく張ったようなイメージで、高域方向にキンシャンとした響きが乗る傾向だったと記憶しています。もっとも、それはすべてのケーブルについてそうだったというわけではなく、オーディオテクニカのスピーカーケーブルや日立電線でも極太の同軸スピーカーケーブルはそれほどのキャラクターを感じなかったことを覚えています。テクニカはむしろずいぶんソフトなイメージでビックリしたっけ。

LC-OFCはその後アニールをしても結晶構造に大きな影響を与えない「メルトーン」と名づけられた素材へ進化します。これはものの見事に中高域の張りや高域の鳴きを抑え、線材の硬さに由来すると思われるキャラクターを排することに成功していました。しかしこの「メルトーン」、少々音が優しすぎるのではないかと私には感じられました。音が前へ飛んでこず、音場も3次元的な立体を思わせるほどにまで至りませんでした。これまでのLC-OFCに対するチューニング手法から抜け切れなくて、「あつものに懲りてなますを吹く」ようなことになっちゃったんじゃないかなぁ、と今にして推測しています。

MTAX-205
オーディオユニオンの中古通販サイトから拝借した日立電線MTAX-205の画像。この強烈なピンクのシースはLC-OFCメルトーンの第1世代製品ではなかったか。

「メルトーン」でも市場の主流を奪回することはかなわず、LC-OFCはオーディオの歴史の中に消えていってしまいました。いいものを持っていながら上手くその実力を発揮させることがかなわず、退場を余儀なくされたLC-OFCに対し、PC-TripleCはまさにタイミングを待っていたような絶妙の登場といいその内実といい、これからのオーディオケーブル業界を背負って立つにふさわしい存在へ育っていってくれるのではないかと大いに期待しているところです。

RCA-1.0tripleC-FM
業界に先駆けてPC-TripleCでインコネを発売したのはアコースティック・リヴァイヴだった。例によって独自の楕円単線に成型されたPC-TripleCは、極めて高い磁気効率を持つ「ファインメット」素材のビーズを通すことで高周波のノイズを激減させたこともあり、これまで全く聴いたことのない"普遍"の高みを聴かせてくれた。このRCA-1.0tripleC-FMは1mで16万8,000円と決して安価なケーブルではないが、それでもCPは圧倒的に高いと思う。

PC-TripleCを開発したFCMという会社は一般的な知名度という点ではほとんどゼロに近い社ですが、話を聞いてみるとずいぶん前からさまざまな高音質ケーブル開発にあたり「縁の下の力持ち」をやってきた社だそうで、技術的な裏づけも十分なのだとか。これを聞いて私自身も「あぁ、こういう社なら長くオーディオ業界と付き合っていってもらえそうだな」と、少々ホッとしたものです。



一方、PC-OCCが生産完了したのは昨年でしたが、もう少し前に供給が終わってしまった高品位導体があります。今や高級オーディオケーブルの主流となった「高純度銅」の元祖、6N銅線です。1980年代の終わり頃、旧・日本鉱業(現・JX日鉱日石金属)が開発し、自ら「アクロテック」というブランドを立てて高級オーディオケーブル業界へ参入してきた時には驚いたものでした。

6N-S1040
ネットを漁ってようやく発見した往年のアクロテック6N-S1040の画像。これはより太い高級バージョンだが、同社の第1号製品でもあるより手ごろな6N-1010は「長さにして地球何周分も売れた」という。オーディオ史に残るケーブルである。

その後同社はジャパンエナジーを経てJX日鉱共石グループに入り、いつしか極めて小ロットのオーディオケーブル業界からは離れていってしまいました。アクロテックの業態は株式会社アクロジャパンが継承し、最盛期には7Nから8Nまで到達していた高純度銅線は日本鉱業からの供給がなくなり、現在は三菱電線工業が供給する7N純度のD.U.C.C.導体がほとんど唯一のものとなっています。

高純度銅線の供給が継続していること自体は大いに喜ぶべきですが、いかんせん7Nとなると6Nよりもかなりコストアップとなってしまい、そうそう簡単に入手できるクラスへ導入するのが難しくなってきます。アクロジャパンの新ブランド「アクロリンク」やエソテリックを筆頭に、世界のハイエンドといって差し支えない高級ケーブル群にはこの7N-D.U.C.C.素材、加えてこちらも三菱電線工業の独自開発となる方形断面の芯線に高品位な絶縁体を付着させたリッツ構造の「MEXCEL」線が用いられていることをご存じの人も多いのではないかと思います。

7N-A2500II
個人的なMEXCEL導体の初体験がエソテリックの7N-A2500II(¥380,000 1.0m)だった。同社製品は機器もケーブルもとにかく質感が清新で、完璧なフラットバランスなのに音が無味乾燥にならず、「いい酒は水に似る」という言葉を彷彿させる表現が何よりの魅力だが、このケーブルはその持ち味に加え、繊細な音響成分の隅々から生命感が吹き出してくるような勢いを感じさせる。本当に素晴らしいケーブルだと思う。

世の中から6N線がなくなり、そこへ追い討ちをかけるようにPC-OCCまでが生産をやめてしまった。比較的手の届く範囲のケーブルでこれらの素材がどれほど多くの製品に使われていたかを考えると、これはまさしくケーブル業界全体の危機といってよかったのではないかと思います。

転機はやはり2013年でした。あのLC-OFCを開発した日立電線の系譜を受け継ぐ日立金属が、非常に面白い新技術を引っ提げてオーディオ業界に舞い戻ってきたのです。

普通、異種金属を混ぜ合わせた「合金」は硬く、また電気抵抗が高くなります。ところが同社が開発した新合金「HiFC」は、高純度の銅にごく微量のチタンを加えたもので、導電特性は純銅とほとんど変わらず、柔らかさやしなやかさは6Nとほぼ同じ特性が得られるというものです。まさに業界の常識を覆す新技術といってよいでしょうね。

HiFC比較データ
日立金属のサイトより。一般的な4N純度のOFCと6N、そしてHiFCの特性を比較したデータだが、本当に笑ってしまうくらいHiFCが6Nそっくりなことが分かる。

このHiFCは業界に先駆けてゾノトーンが採用に踏み切りました。この社は総帥の前園俊彦氏が「黄金の耳」で各種素材をブレンドすることで「ゾノトーン・サウンド」を紡ぎ上げていますから、純粋に「これがHiFCサウンドだ!」というものは分かりませんでしたが、HiFC新採用の「ネオ・グランディオ」はこれまでよりやや肌当たりが柔らかく、たっぷりと奥行き感を聴かせるタイプになったような気がしています。

7NAC-Neo Grandio10Hi
HiFC初採用のゾノトーン「ネオ・グランディオ」シリーズより、これはRCAインコネの7NAC-Neo Grandio10Hi(¥83,000 1.0m)。穏やかな質感だがここ一番のパワー感は相当のもので、音楽をゆったりと、そして伸びのびと楽しませてくれる傑作といってよいだろう。

その後、"本家"アクロテックとともに6Nオーディオケーブルの"先駆者"となったオルトフォンからもHiFCを配合した導体のケーブルが登場しました。それも、かなり安価なランクの製品です。こちらは一聴して非常に素直な質感で、そう太いケーブルではないのに結構なスケール感を聴かせます。HiFC、かなり有望な新素材のようですね。

5NX-505
オルトフォンから登場したHiFC配合の導体を持つケーブル群より、こちらはRCAインコネの5NX-505(¥10,000 1.0m)だ。安価なランクながらなかなかの聴き応えをくっきりと印象に残してくれた。



実はあまり目立ちませんが、まだ新素材が登場しているのです。昨年になっていきなり登場したと思ったら年末の音元出版「アクセサリー銘機賞」を受賞してしまった塩田電線というメーカーがあります。電線の商社として、また数多くの提携工場を持つ電線メーカーとして長い歴史を持つ同社ですが、一般コンシューマー向けの小ロット製品はこのたび初めて手がけるのだそうです。単なるポッと出のメーカーなどではなく、しっかりとした技術的な基盤と販路を持った社だったというわけですね。

その塩田電線が発売した第1号のケーブルは電源ケーブルでした。C1011と呼ばれるこのケーブルは、両端にプラグを取り付けた完成品と切り売りの両方で市場へ投入されています。2スケアの芯線を持ち、キャブタイヤのVCTF規格を満たす3芯ケーブルです。「2スケア3芯のキャブタイヤなんてホームセンターでも普通に売ってるじゃないか」と思われるかもしれませんが、この芯線がなかなかの優れものなのです。

かつて日立電線のLC-OFCに「Class1」と書かれたグレードのものがあったことをご記憶の人もおられるでしょう。あれは芯線の製造時に水素の含有率を極限まで減らしたものでした。水素イオンというとほとんど純粋なプラスの電荷みたいなもので、芯線に含有されていると、伝送時にそれが芯線から抜け出していき、伝送のリニアリティを損なうと説明されていたように記憶しています。このあたり、もうずいぶん昔の記事を読んだ記憶に基づくものですから、間違っていたらどなたか詳しい方のご訂正を頂けると助かります。

で、このC1011なんですが、Class1のOFCが採用されているのですね。そう、この芯線も日立金属が生産しているものです。それじゃあキャブタイヤといってもずいぶん高いじゃないの? と思ったら、切り売りで1mあたり1,200円+税と拍子抜けするような価格です。

C1011POWER CABLE
こちらは完成品のC1011POWER CABLE。コンセント側は明工社のホスピタル、IEC側はスイス・シュルター社のプラグが装着されている。どちらも安価なランクでは定番といってよい高品質プラグである。後述する通りどこまでも素直で飾り気なく、しかし相当の情報量を聴かせるケーブルだ。オープン価格だがおそらく2mで1万円もしないのではないか。

音はとにかく素直の一言。見た目はいささか細く頼りないケーブルですが、帯域は結構両端へ向けて緩やかに伸び、特定帯域の強調感は本当になく、音楽をごく自然に表現してくれるタイプと感じられました。高級ケーブルのような「これがハイファイだ!」という主張や機器をより高い次元へ教導するような表現はありませんが、機器の持ち味を過不足なく表現するという点ではかなり素晴らしいケーブルなのではないかと思っています。



ふう、新素材について解説し始めたらずいぶん長くなっちゃいました。何たって今年はこういう状況で、これはもうケーブル業界の「ヴィンテージ・イヤー」といってよいのではないかと思います。そんな年に発行される「大全」ですから、もう内容は盛りだくさんという一言では表し切れません。

例年は割合に「オーディオアクセサリー」本誌他からの再録記事が多いムックなのですが、今年はとにかく新製品が目白押しなもので古い記事をそのまま再録したのでは追いつきません。そこで新しい製品やページ数の関係で取材から洩れた製品をずいぶんたくさん追加試聴し、大幅な増補版となっています。私もずいぶんたくさんの新規記事を同誌のために書かせてもらいました。また、新製品の単独記事も充実、これまで長々と述べた新素材についての解説も、福田雅光氏、井上千岳氏をはじめとする先生方が詳細に解説されています。

ケーブルをコンポーネンツの一員と捉え、ご自分の音作りへ大いに活用されているオーディオマニア諸賢へ、特に今年の「大全」は大きな参考となる書であろうと確信しています。どうか書店でご一読いただけると幸いです。