ケーブル大全2015が発売されました2014/07/31 10:12

もうちょっと間が空いてしまいましたが、音元出版から「ケーブル大全2015」が発売されました。2年に一度ずつ、「電源&アクセサリー大全」と隔年で発売されるムック本で、ケーブルとアクセサリーの「年鑑」「図鑑」として大いに役立つ本といってよいでしょう。私ら業界関係者にとっては「座右の書」でもあります。

ケーブル大全2015
ケーブル大全2015
音元出版 ¥1,852+税

アンプやスピーカーといったオーディオ機器がほとんど掲載されず、それでいて広告も少なく記事の密度が極めて高いという、オーディオ関連誌としては極めて尖ったジャンルに属するこのムックですが、幸い売れ行きは悪くないようで、刊行が重ねられています。

思えば趣味の世界では「神は細部に宿る」とよくいわれるもので、こういう"尖った"情報をこそしっかりと網羅した刊行物が効果を発揮するシチュエーションが多いのでしょう。実際、ケーブルは「コンポーネンツの一員」と断言してもよいくらいシステムの表現を決定的に左右しますからね。

特に今回の「2015」は例年よりもずっと注目される要素が満載です。もう先刻ご存じの人も多いでしょう。オーディオケーブル業界で導体として大きなシェアを誇っていたPC-OCC(大野連続鋳造法による銅線)の生産が2013年をもって終了してしまったのですね。おかげで昨年からのケーブル業界は阿鼻叫喚の巷といいたくなる大騒ぎでした。オーディオマニアのよく知るあの社もこの社も、軒並み自社製品の生産が続けられなくなってしまったのですから。

しかし、各社ともただ茫然としているわけにはいきません。オーディオ業界はとにかく音楽表現をより良きものへ進めていかなければならないのです。長い年月とあふれんばかりの情熱をもって自室の音質を薄紙1枚ずつ、髪の毛1筋ずつ向上させてきたわが業界のお客様、すなわち私自身も含めたオーディオマニアという存在は、業界の停滞すら堕落と捉えずにはいられません。

まして、「PC-OCC素材がなくなってしまったので昔のタフピッチ銅に戻します。なに、音質なんてそんなに変わりませんよ」なんてことをいうメーカーが現れたら、それは自らの半生を費やして「音楽の真の姿」を探求してきたお客様を否定することになってしまいます。

幸い、わが業界の開発能力は想像を遥かに超えるものでした。PC-OCCの終焉がアナウンスされたと思ったら、年をまたがずしていくつかの有望な高品位導体が名乗りを挙げたのです。

多くの社が最も有望な素材として採用に乗り出したのはPC-TripleCと呼ばれる素材でした。電子機器の内部配線など、極めて繊細な配線材を作るには銅の純度を高くしておかないと線がすぐに切れてしまいます。そういう用途のために生産されている特別に純度の高い無酸素銅をまず太い線材にして、そこから日本刀のように叩いて延ばす、すなわち鍛造することにより結晶の粒界が縦に伸び、導体内接点の害が少なくなるというのがPC-TripleCの最も注目すべきところです。

また、一般の銅線はミクロの目で見ると結構すき間があるのだそうですが、こうやって叩くことですき間を激減させ、導電特性の向上も得られるのだとか。また、これは個人的な推測でしかありませんが、日本刀は叩いて鍛造していくことによって不純物が端へ追いやられ、鋼の純度が高まっていくということを聞いたことがあります。ひょっとしてPC-TripleCにもそんな効果があるんじゃないかな、などと想像が広がります。

PC-TripleC導体構造
音元出版Phile WebのPC-TripleC紹介記事よりスクリーンショットを取らせてもらった。高純度の導体を「叩いて延ばす」ことにより結晶の粒界が縦に伸びていくことが目で見える、素晴らしい図解ではないかと思う。

資料を一瞥した限りでは、かつて日立電線(現・日立金属)が開発したLC-OFCを思わせますが、あれは大きな結晶のOFCを作っておいてそれをダイスで線材へ引く際に結晶を線形とする、というのが技術的な主眼だったと記憶しています。

LC-OFCは細線に引いた後で焼きなまし(アニール)をするとせっかくの線形結晶が元に戻ってしまうと当初考えられていたので、極めて硬くバネ成分の強い線材でした。その結果、何となく中高域が明るく張ったようなイメージで、高域方向にキンシャンとした響きが乗る傾向だったと記憶しています。もっとも、それはすべてのケーブルについてそうだったというわけではなく、オーディオテクニカのスピーカーケーブルや日立電線でも極太の同軸スピーカーケーブルはそれほどのキャラクターを感じなかったことを覚えています。テクニカはむしろずいぶんソフトなイメージでビックリしたっけ。

LC-OFCはその後アニールをしても結晶構造に大きな影響を与えない「メルトーン」と名づけられた素材へ進化します。これはものの見事に中高域の張りや高域の鳴きを抑え、線材の硬さに由来すると思われるキャラクターを排することに成功していました。しかしこの「メルトーン」、少々音が優しすぎるのではないかと私には感じられました。音が前へ飛んでこず、音場も3次元的な立体を思わせるほどにまで至りませんでした。これまでのLC-OFCに対するチューニング手法から抜け切れなくて、「あつものに懲りてなますを吹く」ようなことになっちゃったんじゃないかなぁ、と今にして推測しています。

MTAX-205
オーディオユニオンの中古通販サイトから拝借した日立電線MTAX-205の画像。この強烈なピンクのシースはLC-OFCメルトーンの第1世代製品ではなかったか。

「メルトーン」でも市場の主流を奪回することはかなわず、LC-OFCはオーディオの歴史の中に消えていってしまいました。いいものを持っていながら上手くその実力を発揮させることがかなわず、退場を余儀なくされたLC-OFCに対し、PC-TripleCはまさにタイミングを待っていたような絶妙の登場といいその内実といい、これからのオーディオケーブル業界を背負って立つにふさわしい存在へ育っていってくれるのではないかと大いに期待しているところです。

RCA-1.0tripleC-FM
業界に先駆けてPC-TripleCでインコネを発売したのはアコースティック・リヴァイヴだった。例によって独自の楕円単線に成型されたPC-TripleCは、極めて高い磁気効率を持つ「ファインメット」素材のビーズを通すことで高周波のノイズを激減させたこともあり、これまで全く聴いたことのない"普遍"の高みを聴かせてくれた。このRCA-1.0tripleC-FMは1mで16万8,000円と決して安価なケーブルではないが、それでもCPは圧倒的に高いと思う。

PC-TripleCを開発したFCMという会社は一般的な知名度という点ではほとんどゼロに近い社ですが、話を聞いてみるとずいぶん前からさまざまな高音質ケーブル開発にあたり「縁の下の力持ち」をやってきた社だそうで、技術的な裏づけも十分なのだとか。これを聞いて私自身も「あぁ、こういう社なら長くオーディオ業界と付き合っていってもらえそうだな」と、少々ホッとしたものです。



一方、PC-OCCが生産完了したのは昨年でしたが、もう少し前に供給が終わってしまった高品位導体があります。今や高級オーディオケーブルの主流となった「高純度銅」の元祖、6N銅線です。1980年代の終わり頃、旧・日本鉱業(現・JX日鉱日石金属)が開発し、自ら「アクロテック」というブランドを立てて高級オーディオケーブル業界へ参入してきた時には驚いたものでした。

6N-S1040
ネットを漁ってようやく発見した往年のアクロテック6N-S1040の画像。これはより太い高級バージョンだが、同社の第1号製品でもあるより手ごろな6N-1010は「長さにして地球何周分も売れた」という。オーディオ史に残るケーブルである。

その後同社はジャパンエナジーを経てJX日鉱共石グループに入り、いつしか極めて小ロットのオーディオケーブル業界からは離れていってしまいました。アクロテックの業態は株式会社アクロジャパンが継承し、最盛期には7Nから8Nまで到達していた高純度銅線は日本鉱業からの供給がなくなり、現在は三菱電線工業が供給する7N純度のD.U.C.C.導体がほとんど唯一のものとなっています。

高純度銅線の供給が継続していること自体は大いに喜ぶべきですが、いかんせん7Nとなると6Nよりもかなりコストアップとなってしまい、そうそう簡単に入手できるクラスへ導入するのが難しくなってきます。アクロジャパンの新ブランド「アクロリンク」やエソテリックを筆頭に、世界のハイエンドといって差し支えない高級ケーブル群にはこの7N-D.U.C.C.素材、加えてこちらも三菱電線工業の独自開発となる方形断面の芯線に高品位な絶縁体を付着させたリッツ構造の「MEXCEL」線が用いられていることをご存じの人も多いのではないかと思います。

7N-A2500II
個人的なMEXCEL導体の初体験がエソテリックの7N-A2500II(¥380,000 1.0m)だった。同社製品は機器もケーブルもとにかく質感が清新で、完璧なフラットバランスなのに音が無味乾燥にならず、「いい酒は水に似る」という言葉を彷彿させる表現が何よりの魅力だが、このケーブルはその持ち味に加え、繊細な音響成分の隅々から生命感が吹き出してくるような勢いを感じさせる。本当に素晴らしいケーブルだと思う。

世の中から6N線がなくなり、そこへ追い討ちをかけるようにPC-OCCまでが生産をやめてしまった。比較的手の届く範囲のケーブルでこれらの素材がどれほど多くの製品に使われていたかを考えると、これはまさしくケーブル業界全体の危機といってよかったのではないかと思います。

転機はやはり2013年でした。あのLC-OFCを開発した日立電線の系譜を受け継ぐ日立金属が、非常に面白い新技術を引っ提げてオーディオ業界に舞い戻ってきたのです。

普通、異種金属を混ぜ合わせた「合金」は硬く、また電気抵抗が高くなります。ところが同社が開発した新合金「HiFC」は、高純度の銅にごく微量のチタンを加えたもので、導電特性は純銅とほとんど変わらず、柔らかさやしなやかさは6Nとほぼ同じ特性が得られるというものです。まさに業界の常識を覆す新技術といってよいでしょうね。

HiFC比較データ
日立金属のサイトより。一般的な4N純度のOFCと6N、そしてHiFCの特性を比較したデータだが、本当に笑ってしまうくらいHiFCが6Nそっくりなことが分かる。

このHiFCは業界に先駆けてゾノトーンが採用に踏み切りました。この社は総帥の前園俊彦氏が「黄金の耳」で各種素材をブレンドすることで「ゾノトーン・サウンド」を紡ぎ上げていますから、純粋に「これがHiFCサウンドだ!」というものは分かりませんでしたが、HiFC新採用の「ネオ・グランディオ」はこれまでよりやや肌当たりが柔らかく、たっぷりと奥行き感を聴かせるタイプになったような気がしています。

7NAC-Neo Grandio10Hi
HiFC初採用のゾノトーン「ネオ・グランディオ」シリーズより、これはRCAインコネの7NAC-Neo Grandio10Hi(¥83,000 1.0m)。穏やかな質感だがここ一番のパワー感は相当のもので、音楽をゆったりと、そして伸びのびと楽しませてくれる傑作といってよいだろう。

その後、"本家"アクロテックとともに6Nオーディオケーブルの"先駆者"となったオルトフォンからもHiFCを配合した導体のケーブルが登場しました。それも、かなり安価なランクの製品です。こちらは一聴して非常に素直な質感で、そう太いケーブルではないのに結構なスケール感を聴かせます。HiFC、かなり有望な新素材のようですね。

5NX-505
オルトフォンから登場したHiFC配合の導体を持つケーブル群より、こちらはRCAインコネの5NX-505(¥10,000 1.0m)だ。安価なランクながらなかなかの聴き応えをくっきりと印象に残してくれた。



実はあまり目立ちませんが、まだ新素材が登場しているのです。昨年になっていきなり登場したと思ったら年末の音元出版「アクセサリー銘機賞」を受賞してしまった塩田電線というメーカーがあります。電線の商社として、また数多くの提携工場を持つ電線メーカーとして長い歴史を持つ同社ですが、一般コンシューマー向けの小ロット製品はこのたび初めて手がけるのだそうです。単なるポッと出のメーカーなどではなく、しっかりとした技術的な基盤と販路を持った社だったというわけですね。

その塩田電線が発売した第1号のケーブルは電源ケーブルでした。C1011と呼ばれるこのケーブルは、両端にプラグを取り付けた完成品と切り売りの両方で市場へ投入されています。2スケアの芯線を持ち、キャブタイヤのVCTF規格を満たす3芯ケーブルです。「2スケア3芯のキャブタイヤなんてホームセンターでも普通に売ってるじゃないか」と思われるかもしれませんが、この芯線がなかなかの優れものなのです。

かつて日立電線のLC-OFCに「Class1」と書かれたグレードのものがあったことをご記憶の人もおられるでしょう。あれは芯線の製造時に水素の含有率を極限まで減らしたものでした。水素イオンというとほとんど純粋なプラスの電荷みたいなもので、芯線に含有されていると、伝送時にそれが芯線から抜け出していき、伝送のリニアリティを損なうと説明されていたように記憶しています。このあたり、もうずいぶん昔の記事を読んだ記憶に基づくものですから、間違っていたらどなたか詳しい方のご訂正を頂けると助かります。

で、このC1011なんですが、Class1のOFCが採用されているのですね。そう、この芯線も日立金属が生産しているものです。それじゃあキャブタイヤといってもずいぶん高いじゃないの? と思ったら、切り売りで1mあたり1,200円+税と拍子抜けするような価格です。

C1011POWER CABLE
こちらは完成品のC1011POWER CABLE。コンセント側は明工社のホスピタル、IEC側はスイス・シュルター社のプラグが装着されている。どちらも安価なランクでは定番といってよい高品質プラグである。後述する通りどこまでも素直で飾り気なく、しかし相当の情報量を聴かせるケーブルだ。オープン価格だがおそらく2mで1万円もしないのではないか。

音はとにかく素直の一言。見た目はいささか細く頼りないケーブルですが、帯域は結構両端へ向けて緩やかに伸び、特定帯域の強調感は本当になく、音楽をごく自然に表現してくれるタイプと感じられました。高級ケーブルのような「これがハイファイだ!」という主張や機器をより高い次元へ教導するような表現はありませんが、機器の持ち味を過不足なく表現するという点ではかなり素晴らしいケーブルなのではないかと思っています。



ふう、新素材について解説し始めたらずいぶん長くなっちゃいました。何たって今年はこういう状況で、これはもうケーブル業界の「ヴィンテージ・イヤー」といってよいのではないかと思います。そんな年に発行される「大全」ですから、もう内容は盛りだくさんという一言では表し切れません。

例年は割合に「オーディオアクセサリー」本誌他からの再録記事が多いムックなのですが、今年はとにかく新製品が目白押しなもので古い記事をそのまま再録したのでは追いつきません。そこで新しい製品やページ数の関係で取材から洩れた製品をずいぶんたくさん追加試聴し、大幅な増補版となっています。私もずいぶんたくさんの新規記事を同誌のために書かせてもらいました。また、新製品の単独記事も充実、これまで長々と述べた新素材についての解説も、福田雅光氏、井上千岳氏をはじめとする先生方が詳細に解説されています。

ケーブルをコンポーネンツの一員と捉え、ご自分の音作りへ大いに活用されているオーディオマニア諸賢へ、特に今年の「大全」は大きな参考となる書であろうと確信しています。どうか書店でご一読いただけると幸いです。