長岡先生のムック本が発売されました(その1)2014/07/15 18:00

ふう、ずいぶんご無沙汰をしてしまいました。言い訳になってしまいますが、思えば1月の末頃からつい先日まで、1週間以内に締め切りのないことがなかったという追いまくられっぷりだったのです。

もともと共同通信社のオーディオ雑誌「ガウディオ」(ご存じの方も多いかと思いますが念のため、同社が長く刊行していた「オーディオベーシック」の跡を襲った雑誌で、2013年に廃刊となりました)がなくなってしまったものですから、発表媒体の不足をこのブログで補おうという目論見でした。

それなのに、これまでもいろいろ仕事を回してくれていた音元出版「オーディオアクセサリー」「アナログ」「ネットオーディオ」などに加え、新たに音楽之友社の月刊「ステレオ」誌を筆頭として、ずいぶん使ってくれる雑誌が増え、かつてよりむしろ忙しくなってしまいました。うれしい誤算に各所へ頭の上がらない生活が続いています。

それにしても、普段は大体定期刊行の季刊誌が集中する2、5、8、11月とその前後1週間くらいが手のつけられないくらいの忙しさで、残りはまぁまぁ仕事がくるけれどそこそこノンビリ構えていられる、という状況ではあるはずでした。それなのに、年が明けてから何でこんなに途切れ目なく忙しかったのか。

もうご存じの人、それどころかお買い上げいただいた人も多いかと思います。この6月30日に1冊のムック本が音楽之友社から出版されました。「現代に甦る究極のオーディオ 観音力」です。"観音力"というタイトルで早くもピンとこられた人はキャリアの長いオーディオマニアでしょうね。そう、これは本当に久しぶりの故・長岡鉄男氏のムック本です。

現代に甦る究極のオーディオ 観音力
長岡鉄男・著 音楽之友社 ¥1,800+税

編集者の林信介さん(伊福部昭「管弦楽法」をはじめ、多数の名著を手がけてきた腕利きです)に「長岡鉄男さんの本を作りたい」と相談を受けたのは、何カ月も前のことになります。

種本として林さんは1975年刊行のラジオ技術社「図解スピーカ」と70年刊行の東洋経済新報社「ステレオの実際知識」を入手されていました。この2冊を写真から図版まで、「図解スピーカ」と記述の重なる「実際知識」のスピーカー編を除き、完全復刻して1冊に合本したいとのこと。恥ずかしながらこの2冊は私の手元になく、どれほどの内容のものかが分からないので「へぇ、面白いですね」という感想にとどまっていました。

図解スピーカ
長岡鉄男・著 ラジオ技術社 1975年刊行

ステレオの実際知識
長岡鉄男・著 東洋経済新報社 1970年刊行

実のところ、この2冊はとてつもない内容の濃さを持っていたので、実際にムックが出来上がってきてから「うわ、こりゃ2分冊にしても十二分の情報量だったな!」と肝を潰すこととなりました。1970~75年といえば長岡先生はいまだ40代の少壮期で、一方オーディオ界は日の出の勢いで伸び続けてはいたものの、業界や市場の広がりにユーザーの理論構築が追いついていなかった、という時代でもあります。

そんな時代に先生は独力で立ち向かい、難解な万巻の専門書を読破、それを独特のリズミカルな語り口で読者へ分かりやすく伝えるという難行をやってのけました。今でこそさまざまなオーディオ入門書があり、私自身も「入門スピーカー自作ガイド」などという単行本を出していますが、そういうものが一切なかった時代に広大な原野を切り拓き、独力で1本の道を創り上げていった長岡鉄男という人は、本当に不世出の天才だったのだなと今なお深く実感しています。

入門スピーカー自作ガイド
炭山アキラ・著 電波新聞社 ¥2,000+税

しかし、こういう理論解説ばかりではいささかムックとしての華に欠けるきらいなきにしもあらず、そこで「何かいい企画はないですかね?」と林さんに相談を受けた、という次第です。

長岡先生といえば、もう代名詞となっているのは「自作スピーカー」です。そこはひとつ何か先生の作例を復刻しましょうという提案をしたのですが、ただ復刻というだけではパンチに欠けます。やはり一定の時宜にかない、2014年の今その作例を復刻する意味合いのようなものを読者に納得してもらわなきゃいけませんからね。

それで「何かいいのがないかな」と考えていたところへ、まるでこの機を待っていたかのように登場したのがフォステクスの限定ユニットFE103-Solでした。以前に詳細をエントリしていますからそちらも参照していただけると幸いですが、FE103誕生50周年を記念して登場したこの限定ユニット、驚くべきことに16Ω版も用意されているのです。

FE-103-Sol
フォステクス◎フルレンジ・スピーカーユニット
FE103-Sol ¥6,500+税

今発売されている月刊「ステレオ」7月号でも少し解説していますが、16Ωのユニットというのはそもそもアウトプット・トランス(OPT)を持つ真空管アンプなどと組み合わせるとOPTの負担が軽くなり、音質向上が見込めるという理由から開発・生産されていたユニットで、OPTを持たないソリッドステート・アンプが主流となってからは、より多くの電流を流すことができる8Ωのユニットが主流となっていました。今は海外製を中心に4~6Ωのユニットも多いですね。

フォステクスの16Ωユニットは1980年代の半ば頃には生産完了となっていた記憶があります。1960年代の初頭に生まれたソリッドステート・アンプはOPTがいらない低コスト性と放熱の少なさ、スペースファクターの良さなどから瞬く間に真空管アンプの市場を蚕食し、1980年代にはもうほとんど駆逐してしまっている感がありましたから、それも致し方ないかと思います。

一方、こと日本国内においては1990年代の初め頃までにほとんど絶滅危惧リストへ載りそうだった真空管アンプは、エイアンドエム(エアータイト)やトライオードといった新世代メーカーの台頭もあって90年代の半ば以降に劇的な回復を遂げ、この21世紀には一般的なソリッドステートと真空管、そして高効率のいわゆる「デジタルアンプ」で三者鼎立、といったイメージの市場が形成されています。そういう時代の趨勢をしっかりと見定めた上で16Ωユニットは開発されたのでしょうね。慧眼だったと思います。

そしてFE103の16Ωというと、わが同世代以上の長岡ファンの皆様にとってはもう切り離すことのできない作例が浮かぶのではないかと思います。「マトリックス・スピーカー」です。1本でステレオ、いやそれのみならず部屋中を音が飛び交う超サラウンド音場を展開してくれる奇跡のようなスピーカーで、フルレンジ・スピーカー、バックロードホーンとともに「長岡鉄男の象徴」というべきスピーカーではないかと私は考えています。

何で16Ωユニットでないとダメなのかというと、この形式はユニット接続の都合で総合インピーダンスが16Ωユニットなら約5.3Ωになってしまうのです。つまり、8Ωユニットで組めばトータル約2.7Ωになるということですね。

アキュフェーズ製品を筆頭に昨今の高級アンプなら2Ωくらい余裕でギャランティしてくれるものですが、それでもいまだ結構なパーセンテージで4Ωまでしか保証していないメーカーがあり、そういうアンプでも鳴らせなくはないにしろ、その結果アンプに問題が起こってもメーカー保証が受けられなくなってしまうのです。

かくいう私ももうずいぶん昔の学生時分に文化祭の模擬店へ自分のアンプ(サンスイAU-D607)を持ち込み、スピーカーマトリックス接続でガンガン鳴らしていたら出力段を焼いちゃったことがありました。何かと気をつけなきゃいけない方式なのです。

長岡先生の適当な作例を探している折もおり、30年ぶりくらいに16Ωユニットが目の前へ舞い降りる。これを「天の配剤」といわずして何という! というわけで早速編集の林さんに連絡を取り、「先生のMX-1かMX-10を製作するのはどうでしょう?」と持ちかけました。

「MX-10は結構複雑な作例だし、作るとするとMX-1になっちゃうかなぁ。ともあれ、どちらを作るにせよ実現するならムックの大きな看板のひとつになるだろう」などと考えていたのですが、何と両方とも作ることとなったのには驚きました。いやはや、剛毅なものです。

MX-10
1984年に音楽之友社から刊行された「長岡鉄男の傑作スピーカー工作」第8巻から今回のムックへ転載されたMX-10の構造図。私も長く編集者としてスピーカー工作のページを作ってきたが、恥ずかしながらこんなに分かりやすい図解を今に至るまで見たことがない。全10巻から成る「傑作スピーカー工作」そのものを全巻復刻してほしいくらいである。

しかも、製作は名手・最上鉦三郎さんが担当してくれるというではないですか! ご存じの人が多いでしょうね。最上さんは月刊「ステレオ」で長く自作ページを担当されてきた人で、一体どれほどの長さか分からないくらいの間、編集長を務められた人でもあります。また、毎年毎年「ステレオ」誌で発表される膨大な長岡先生の作例をほとんど一手に引き受けて作られていた人なんですね。これで私は大船に乗ったつもりになって工作現場へ向かったものです。

出来上がったMX-1とMX-10は、さすが名手のキャビネットと最新の限定ユニットを組み合わせただけのことはある、という異次元の超音場を聴かせてくれました。まぁこの辺は、よかったらムックをご一読下さい。私が試聴記を書かせてもらっています。

ざっと紹介しようと思って書き始めたら、またしてもずいぶん長くなってしまいました。まだまだ書かねばならない話題はたくさん残っていますが、この辺でひとまず「つづき」ということにさせて下さいな。