わがリファレンス・ソフト(クラシック編)2014/02/18 20:26

私のリファレンス・ソフトについて少しお話したいと思います。といっても「このソフトを買っておけば高音質チェックはカンペキ!」といった記事にはなりません。私自身、チェックに使うソフトは始終変更していますし、それに何より個人的に「高音質であれば内容は問わない」という聴き方ができないもので、どうしても楽曲や演奏が好みに合うソフトの中から選ぶことになってしまうものですからね。

アナログ/デジタルとも長年にわたってクラシックのリファレンス盤としてしょっちゅう引っ張り出しているのがストラヴィンスキーの「火の鳥」、ピエール・ブーレーズ/ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏です。レコード盤の方はまだ20代の頃、お茶の水ディスクユニオンの見切りワゴンで見つけました。キズ盤につき50円という捨て値で転がっていた盤です。何の期待もせずに拾い上げた盤でしたが、帰宅して針を落としてみると、A面の冒頭5分頃に少しバチバチいうものの、それ以外は結構良好なコンディションでした。

当時使っていたリファレンス・システムはスピーカーがテクニクスの7cmフルレンジEAS-7F10×1発のバックロードホーン(BH、この作例は20年以上後に学研の「大人の科学マガジン」で「ヒヨッ子」として発表しました)で、とりわけ低音再生に限界があり、100Hz以下急降下という代物だったものですから、その盤の実力はとても発揮させることができず、「うん、まぁいい盤かな」といったくらいで終わっていましたが、この盤はその後システムをグレードアップするたびに猛烈な器の大きさを少しずつ表してくるようになりました。まさに止めども知らぬ向上ぶりを聴かせてくれるのです。

わが家のシステムでこれほど変化が分かりやすいのだからこれはありがたい、というわけでこの仕事を始めて間もなくから試聴用のリファレンスとして活用している、という次第です。

ただしこのLP、私が所有しているのは米コロムビア盤です。この音源が収録された1975年当時というと、手元にある日本のCBSソニーによるレコードの大半はいまだ高音質とはとてもいい難く、日本盤についてはお薦めリストから外させてもらいます。

個人的にではありますが、CBSソニーは1970年代の終わり頃に突如としてとてつもない高音質化を遂げたという印象があります。1970年代に発売されたバーンスタインのLPなんて何枚買ってはガッカリしたことか。それが、CD時代を間近に控えた1980年頃、ちょうど伝説の「マスターサウンド」盤が登場した時期と重なるんでしょうね、それくらいから先の盤はビックリするくらい高音質になっていて目を白黒させたものでした。

バーンスタインだって後にCDで買い直した当時の演奏には素晴らしい優秀録音が結構あるんですよね。1970年代までのCBSソニーの製盤は一体何をやっていたんだ! と机を叩きたくなります。

ちなみにこの音源はCDでも所有しています。とある雑誌で「ブルースペックCD」や「HQCD」「SHM-CD」などの新世代製盤技術を使った高音質CDを聴く企画を受けたんですが、その時に何枚か買った中の1枚がこれでした。ソニー・クラシカルの盤ですからブルースベックCDです。

ストラヴィンスキー/火の鳥ほか

ブルースペックCD
ストラヴィンスキー 火の鳥~1910年版~
バルトーク 中国の不思議な役人

ピエール・ブーレーズ指揮、ニューヨーク・フィルハーモニック
ソニーミュージック SICC20005 ¥2,500(税込み)

わが永遠のリファレンス音源というべき「火の鳥」。ジャケットはブルースペックCD版を掲載しているが、LPもほんの僅かトリミングが違うくらいで火の鳥のイラストは共通である。くれぐれも国内盤LPには手を出されぬよう。

本当に優れたアナログのソフトを所有していて同じ音源をCDで購入すると、時に癒し難い「これじゃない感」に襲われることがあります。ミシェル・プラッソンがトゥールーズ市立管弦楽団を振ったオネゲル交響曲第3番典礼風」と「パシフィック231」が収まった盤なんてまさにそうでした。LPを中古盤でたまたま購入して演奏と音質に感激、探してCDも購入し、「高音質ディスク聴きまくり」で取り上げてやろうと思ったら、通販で届いたCD(オネゲルの交響曲全集でしたが)は何とも元気のない輝きの失せてしまったようなサウンドでした。それでも他に取り上げる盤がない回には昇格させるべく、ずっと「補欠」として候補へ入れていたのですが、結局取り上げず仕舞いになっちゃったなぁ。

その点、この「火の鳥」は少なくともブルースペックCDを聴く限り、その心配はありません。もちろん全く同一の音質にはなりようがありませんが、それぞれにちゃんと良いところを聴かせてくれるので、アナログ/デジタル共通音源として大いに活用することとなりました。

またこのCD、「火の鳥」のほかにバルトーク「中国の不思議な役人」も収録されていて、それがまた素晴らしい演奏と録音です。お買い得の盤だと思います。

同じようにアナログ/デジタル両音源でリファレンスに使っている盤というと、ベルリオーズの「幻想交響曲」もあります。ご存じ米テラークの名盤、ロリン・マゼール/クリーブランド管弦楽団の演奏でです。マゼールがテラークに残した音源で至高のものといえば個人的には一も二もなくストラヴィンスキー春の祭典」だと確信していますが、あれは聴き始めると没頭してしまって試聴になりません。幻想交響曲くらい「耳タコ」になっていないと仕事に使うのは難しいものですね。

ベルリオーズ/幻想交響曲

CD
ベルリオーズ 幻想交響曲

ロリン・マゼール指揮、クリーブランド管弦楽団
米TELARC CD80076 ※輸入盤

キャリアの長いマニア諸賢にはいわずと知れた名盤であろう。佃煮にするほどある「幻想」の中で実のところ最も気に入った演奏というわけではないのだが、機器の音の違いを読み取ることにかけては極めて優れた音源で、LPと重複して所有していることもあり、試聴用リファレンスとして重宝している。

ただしこの盤、手元のLPは国内廉価盤なもので音質イマイチ、かつて友人宅で聴いた米オリジナル盤は比較にならない素晴らしいサウンドでした。CDもごくごく初期に買った盤なので、多分今買い直したらずっと高音質になっているんじゃないでしょうかねぇ。それでも試聴盤としては十二分なので結構活用しています。

ほかにも試聴に使う盤は山ほどありますが、レコードで昨今よく引っ張り出すのは「ヴォーン・ウィリアムズのさわやかな世界」という何ともトホホなタイトルの盤です。ネヴィル・マリナーが手兵アカデミー室内管弦楽団を率いてレイフ・ヴォーン・ウィリアムズの小曲を演奏した盤で、とにかく弦の美しさと深々とした音場の表現が一度聴いたら病み付きになります。霞がたなびくような弦の響きと、透明感よりも空気の濃厚さで聴かせるような音場感をどれくらい表現できるかがシステムによってコロコロ変わるので、試聴向きの音源ともいえますね。

ヴォーン・ウィリアムズのさわやかな世界

LP

ヴォーン・ウィリアムズのさわやかな世界

ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団
キング(英argo) SLA1066

これも中古で安く買った盤だが、針を落として驚いた。マリナーとアカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズの演奏は独特の音場感を持つものが多いが、これはまた格別である。試聴中にも没頭しないように気を引き締めておかねばならない、極上の聴き心地を持つ盤だ。

最近CDで引っ張り出すのはプロコフィエフの「アレクサンドル・ネフスキー」が多いかな。故・長岡鉄男氏の単行本「外盤A級セレクション(1)」の60番目に紹介されている、クラウディオ・アバドロンドン交響楽団の演奏です。「いやはやもうたいへんなもので、まさに大画面の映画を見る感じ」(同書、見出しより)という氏の印象そのままの目くるめく大展開が堪能できる盤です。

プロコフィエフ/アレクサンドル・ネフスキーほか

CD
プロコフィエフ アレクサンドル・ネフスキー
キージェ中尉、スキタイ組曲


クラウディオ・アバド指揮、ロンドン交響楽団、同合唱団、シカゴ交響楽団
独Deutsche Grammophon 447419-2 ※輸入盤

長岡氏が絶賛された「アレクサンドル・ネフスキー」のみならず、「キージェ中尉」と「スキタイ組曲」も大いにお薦めの演奏と録音である。後2者はLP時代には独立した1枚として売られていたので、CDは大変なバーゲン品ということにもなる。元気いっぱいだった若き時代のアバドの快演だけに、先日亡くなった彼を偲ぶためにもいい盤だと思う。

実はこれ、LPでも持ってはいるのですが、CDには「キージェ中尉」と「スキタイ組曲」(こちらはアバドとシカゴ交響楽団)も収録されており、そっちも素晴らしい演奏と録音なものですから、CDを聴く方が多くなっています。CDは高音質リマスターでありながら廉価盤として発売されているし、絶対のお薦め盤です。

SACDの試聴には、ラフマニノフ聖金口イオアン聖体礼儀」を愛用しています。かつては「ヨハネス・クリソストモスの典礼」という名で知られていた曲ですね。フィンランド・オンディーヌの音源で、シグヴァルズ・クリャーヴァ指揮/ラトビア放送合唱団という、いずれも日本ではほとんど知られないコンビによる演奏ですが、演奏/録音とも一聴して気に入り、以来愛聴することになりました。ラトビアの首都リガの大聖堂で録音された音源で、よく響く広大な空間のそこかしこからはね返ってくるクールな残響が直接音と、また間接音同士でも交じり合い、時にビリビリと干渉縞のようなノイズを発することすらありますが、それをどこまで分解することができるか、深いエコーの中から直接音をどこまですくい上げることができるかは、まさに装置次第といってよい盤です。

ラフマニノフ/聖金口イオアンの聖体礼儀

SACDハイブリッド
ラフマニノフ 聖金口イオアン聖体礼儀

シグヴァルズ・クリャーヴァ指揮、ラトビア放送合唱団
フォンランドONDINE ODE1151-5 ※輸入盤

収録されたリガ大聖堂はルーテル派のプロテスタント系だそうだが、ロシア正教のこの曲も実に素晴らしく響く。18世紀の建設以来、ソ連へ併呑されていた間も守り続けられた素晴らしい建物といってよいだろう。「聖金口イオアン聖体礼儀」はあまり多く録音される楽曲ではないだけに、これをもって当面の決定版としてもよいのではないかと思う。

もうすぐSACDで有望な試聴盤がたくさん登場してきますから、この項はこれから加筆が進むと思います。

昨今はモノーラルのカートリッジが結構な頻度で発売されるようになりましたから、モノーラルの試聴盤も用意しています。クラシックは米Voxモーツァルトフィガロの結婚」をよく使うかな。指揮はハンス・ロスバウト、現代音楽を得意とした往年の名匠ですが、モーツァルトもパリ音楽院管弦楽団を手際よく振っているという感じです。コーラスはエクス・アン・ブロバンス祝祭合唱団、歌手は全然知る人がいませんがなかなかの名人ぞろい、この辺はさすが廉価盤レーベルの雄Voxというべきでしょうね。

モーツァルト/フィガロの結婚

モノーラルLP
モーツァルト フィガロの結婚(ハイライト)

ハンス・ロスバウト指揮、パリ音楽院管弦楽団ほか
米Vox PL15.120 ※輸入盤

決して「優秀録音盤」と薦めるほどのものではないのだが、それでも声の太さと実体感は往年のモノーラルらしさが横溢、有名なアリアが次々飛び出してはお決まりの拍手で次へつないでいくという感じの、何ともお気軽な音源である。

録音については肉太で生々しい歌手とずいぶん奥へ控えたオケ&コーラス、そして明らかに後付けのわざとらしい拍手という半世紀前までしばしば見られた演出の盤ですが、声の表現力だけでも十分試聴に使える盤です。

あらら、アナログとCDだけでずいぶんなスペースを食っちゃったな。ジャズやポップスとハイレゾに関してはまた稿を改めますね。